唯一無二のひと


結婚したばかりの頃。




ーーあんたのお父さん、なんでいないの?女でも作って出て行ったの?




豪太の留守中、秋菜達の新居で明美がお茶を啜りながら、好奇心剥き出しに訊いた。



ーーよくもまあ、女1人だけの稼ぎでやってこれたねえ。やっぱり水商売なの?




ここまで、ずけずけと無神経な質問をする大人は初めてだった。


なんて答えればいいのかわからなかった。


明美には、悪気はない、ただ無神経なんだと気付くまで数年掛かった。
今でも、分かっているのに時々本気で腹が立ててしまったり、傷付いたりしてしまうのだ。

これ以上、あんな明美と繋がりを持つのはご免だ。





夜9時。

秋菜は自分のスマホから、母・由紀恵に電話をかけた。


この時間なら、母はとっくに会社から帰宅し、家で寛いでいるだろう。


柊はさっきやっと寝た。

柊にねだられて、添い寝しながらお気に入りの機関車の絵本を三回も読み聞かせた。


豪太は、仕事の帰りに友達と会うから、少し遅くなる、晩ご飯はいらない、と言っていた。


トゥートゥートゥー…

しばらく呼び出し音がなり、ようやく由紀恵が出た。


「もしもし、ママあ?」


『ごめんなさい、秋菜ちゃん。
お風呂出たばかりだから電話出るの遅くなっちゃったわ。
なあに?どうしたの?
柊ちゃん元気?』



由紀恵は甘く囁くような声で言う。

まるで実の娘にも媚を売っているようで秋菜は苦笑した。


柊は元気だよ、と答えたあと、秋菜は早速本題に入る。



「あのね、今日、明美おばさんが来てね、五月人形そっちで買ってくれるのかって聞かれちゃったんだけど。
買ってくれるの?」


『……』



由紀恵の返事はなかった。


先月、由紀恵は島田と伊豆下田温泉に行ったはずだ。


(温泉に行くお金はあっても、孫に五月人形を買ってやる余裕はないワケ?ま、どうせ自分で出してないんだろうけど
)


「あれえ…?お返事がない」

秋菜が少しおどけて言うと、


『……五月人形っていくらぐらいするのかしら?』

由紀恵は不安そうな声を出した。



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