唯一無二のひと


ーーひどい!
なんてこと言うの!今日だって豪太、好き勝手してたくせに!
釣りに行くなんて言って、本当はミホと逢ってたんじゃないの?
鯵が釣れたなんて、嘘つき!



嘘つき!と言われた豪太は怒りを爆発させた。


ーーざげんな!一生、疑ってろ!


そう怒鳴り、手元にあった雑誌を秋菜めがけて投げつけた。

雑誌は秋菜の左腕をかすり、バサリと音を立てて落ちた。


ーー痛っ!


たいして痛くもないのに、秋菜は悲鳴をあげた。涙が大波のように押し寄せてくる。


ーーひど過ぎる!
物投げるなんて。
暴力なんて最低!
なんでこんな目に遭わなくちゃいけないの……


泣きながら言ったその時、ベビーベッドの柊が、うわあん、と泣き出した。


『柊が…』と言って、豪太は唇に人差し指を充てる。


秋菜は立ち上がり、ベビーベッドの柊を抱き上げた。


ーーごめんね…柊。
うるさかったよね……


身体を揺すってやっても、柊はなかなか泣き止まない。


ふと豪太のほうを見ると、秋菜に背を向け、寝る体制に入っていた。


(これ以上はやめよう…)

秋菜は思った。

明日、豪太は仕事だ。


泣き止まない柊を抱き、寝室を出た。


居間のソファーに柊を抱いたまま、腰掛ける。


しばらくすると柊は落ち着き、秋菜の胸の中で安らかな寝息をたて始めた。


ポトン、ポトンといくつもの涙の粒が柊の頭の上に落ちる。


その色素の薄い細い髪の毛を撫でながら、ここにいたくない…と思う。


秋菜は立ち上がった。


柊を抱いたまま、いつも使っているママバッグを肩にかけると、車のキーを持ち、玄関のドアを開けて外へ出た。




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