唯一無二のひと


部屋は事前にファミリータイプを予約していた。


襖で仕切られた二間続きの六畳の和室に二畳ほどの広縁が付き、二脚の籐の椅子とテーブルがおかれていた。


「綺麗ねえ。
なんだか懐かしいわ。
お部屋も落ち着く感じね」


由紀恵が窓のそばに立ち、外の景色を眺めながら言う。


窓から、樹々の間の向こうの方に小さな渓流が流れているのが見えた。


「そうだろ?
値段の割にはいいと思うよ。ちょっと古いけどさ」


豪太が得意げに言った。

旅行の予約をしたのは豪太だ。


(良かった…文句めいたことを言わなくて。)


秋菜はホッと胸を撫で下ろした。


皆が気分を害してしまうところだった。


よく見ると、畳も布団も清潔そうだし、掃除も隅々までゆき届いている感じだった。

トイレも綺麗で暖房便座だったから、合格点をあげることにした。


空港から、ずっと運転をしていた豪太は、「夕飯まで休む」と言い、座布団を二つに折って枕にし、畳みの上にごろりと横になった。


昨夜も帰宅したのは、午前0時近かった。

夏休みに入り、豪太の勤めるビストロにはお客の大行列が出来ているらしい。

「さすがに疲れた」と言った。


豪太は一週間ほど前に、また髪型を変えた。


黒髪に戻し、少し伸びたトップにパーマをかけ、無造作な感じに逆立てていた。


秋菜は早速、大浴場に行く支度を始める。

とにかく、早く温泉に入りたかった。


ネットで調べたら、ここの温泉の湯は、とても肌にいいらしい。


柊を生んでから、肌の質が変わり、背中に痒い湿疹が出来るようになってしまった。


夏になり、汗をかくようになってからまた更にひどくなり、良くないとわかっているけれど、時たま掻きむしってしまう。

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