お嬢様になりました。
開いたドアの隙間から顔を覗かせたのは荒木さんだった。



「こんなお時間に申し訳ありません」

「いえ、どうかしたんですか?」

「もしかしたら、目が冴えていらっしゃるのではないかと思いまして」



荒木さん……。


心配してくれてるんだ。



「そうですね……中々眠れなくて困ってました」



荒木さんは一度部屋を出ると、カートを押しながら部屋に戻ってきた。


ベッドの横までくると、ティーカップに何かを注いでくれた。


そのティーカップをソーサーごと受け取った。



「これは?」

「蜂蜜たっぷりのレモネードでございます。 お身体が温まれば気持ちの良い睡眠が取れるかと思いましたので」

「ありがとうございます」



いつも無表情で何考えてるかわかんない人だけど、私の事ちゃんと見ててくれてるんだな。


私はティーカップを口元に運び、火傷しない様に慎重にレモネードを口の中に流し込んだ。


甘酸っぱさが口の中に広がり、心が少し落ち着いた。



「美味しいです」

「お口に合って良かったです」



それから私がレモネードを飲み干す間、私たちの間に会話はなかった。


だけど嫌な感じや緊張感はなくて、彼の存在は私に穏やかな時間をくれた。


これが私たちの距離なんだと思った。


目に見えないお互いの存在を認め合う距離感。





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