ドメスティック・エマージェンシー
重たい足取りで病院の中に入り、受付に、遠藤と申します、と自分の名字を答え趣旨を伝えると有馬の病室を教えてくれた。


真っ白な廊下を冷気が漂い、私の心に呼応して寂寥感を生んでいる気がした。
父と母はもう既に来ていることを想定して、私は憂鬱になった。


当たり前のことだ。
無傷の人間よりも、怪我を負った有馬を心配し、擁護するのは。
例え私に目もくれなくても気に病む事ではない。
どんなに言い聞かせても、まるで私がいないかのように扱われた孤独感は消えはしなかった。


ノックをし、固く冷えた鉄の感触に鳥肌が立った。
重たいドアを横に引き、突如飛んできた冷水を頬にかけられたような痛みと、細く厳しい音に私は耐えて身を硬直させなければならなかった。


次第に頬は熱を持ち、脈を打つ。
痛い。
叩かれたのだ、と数秒後に理解した。


「お前がいながら!何で有馬がっ……」


目の前には怒声を吐き、悔しそうに涙で顔を濡らした父がいた。
私は後ろ手にゆっくりドアを閉める。
私たち家族だけの空間が出来、父は更に言った。


「有馬はもう腕が使えないんだぞ!」


「……えっ」


息を呑み、言葉が詰まった。
反射的にベッドで横になっている有馬に目をやると、横で声を押し殺して泣いている母が見えた。


「もういい!出ていけっ!」


父の苛立った声が耳に入り、脳に浸透した。
鋭い目つきが私の心を射抜く。
私は指示に従う忠犬のように病室を後にした。






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