ドメスティック・エマージェンシー
寝転んだまま床に目をやると、昨夜放り投げたカッターが弱々しく寝ていた。

上体を起こし、傍らに置いた携帯を手に取って発信する。

しばらくの呼び出し音が私と彼を遮断する雑音のように聞こえ、顔をしかめた。

「はい、もしもし」

雑音は消え、もう一度眠りを勧めてくる子守歌のような優しげな声が耳の奥でこだました。

「……葵」

「うん。なに?江里子」

「葵。あおい。あおいー……」

涙が頬を転がっていく。
葵だ。
異常者の私を受け止めてくれる、葵だ……。

葵が、江里子、と呼び掛けてくれる度に私は綺麗になっていく。
だから何度でも呼んで。
認めて、受け止めて、抱き締めて。

「……葵。私、葵に会いに行く」

この檻から出よう。
晴れた空を、憧れた空を、見据えた。






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