ドメスティック・エマージェンシー
どうしよう。
中へ入ってしまった。

……とは、ならない。
もちろん想定内である。

スパイのごとく建物に近付くと入り口付近に目がいった。
短く《零生施設》と書かれている。

零生施設……れい、またはゼロ。
もしかしたらこれが彼の偽名の由来なのかもしれない。

そうなると、ありまとは……彼の本名だろうか。

ハッと我に返る。
ここで考えている暇はない、どうにか潜入しなければ。

慌てて庭に入り、正面口を無視して横に歩いていく。
裏へ回るつもりだった。

しかし――

「こんにちは」

声に立ち止まった。
ちょうど死角になっているためそろりと顔の半分を出す。

後ろ姿のゼロと女性がいた。
見たところ、四十代前半か。
長い髪を後ろで束ね、優しげな瞳でゼロを見つめていた。







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