ドメスティック・エマージェンシー
「葵……私、いじめられてるの」

静寂の中、私の声がこだまするように響いた。
葵の息を呑む音が隣でする。
だが、何も言わない。
私は続けた。

「家族からも、愛されてないの」

「うん」

葵の声は優しく私の心を撫でた。
話していいんだよ。
そう言われてる気がして、私は私の中の[イイコ]を吐き出すように語った。

有馬が殺人鬼に襲われ、野球が出来なくなったこと。
それが学校に出回り、いじめられるようになったこと。
生き甲斐を奪われた有馬が一時的に私に暴力を振るったこと。
あの家での存在価値を見いだせなくなった有馬が家出したこと。
不登校になったこと。
父と母のこと。

もう帰る気はないこと。


話し終えるとココアはすっかり冷めていた。
なのに、私の体温は僅かに上昇し、ソファーにはいくつもの水玉が出来ていた。

不思議なことに清々しい気分だ。
一つ一つ、言葉を紡ぐ度に鎖が解かれていくような、罪が許されたような、そんな解放感を感じた。

だが、葵はどう思ったのだろう。







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