ピアニストの我が儘
翔はパリに行かなかった。
地元の中学高校に進学し、一流ピアノ講師がつく生活を何年も送った。

翔がコンクールに出場するたび、私は欠かさず聴きに行ったし、優勝すると無邪気に喜んだ。

私達は近すぎたのだ。
側にいるのが当然のようで、けれど恋人関係ではなかった。

そして。私に彼氏ができた。
初めて私に告白してくれた人。
けれどふたりで出かけることもなく、校内だけが公認の不思議な関係。
彼はシャイなのか、唇を重ねるどころか、手を握る機会もないまま、卒業式を迎えたけれど。

新校舎の音楽室に足を運ぶ。
そこからは、木漏れ日のような柔らかな音色が聞こえた。

曲名は「踏まれた猫の逆襲」から、なぜか「ソナタ八番悲愴 第二楽章」。

私は、音楽室に踏み込んだ。
音色が途切れる。
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