愛罪



「あなたの姿が見えなくなって、瑠海ちゃんリビングを飛び出したのよ」



 瑠海のきめの細かい白い頬を人差し指で撫でたりつついたりしていると、その様子を見てか真依子が口を開いた。

 彼女を一瞥してから再び瑠海へ視線を落とすと、恥ずかしそうに僕の手から逃れた瑠海が真依子の腰に抱きつく。



 刹那、はっとした。

 その細く、だけどほどよい肉付きがある魅力的な腰に腕を絡めたからではない。

 まだ膨らんでいない彼女のお腹に、照れて紅く染まった顔を埋めるようにすり寄ったからだ。



「真依ちゃん言っちゃダメ」



 恥ずかしがる瑠海の背中に添えられた、真依子の華奢な手。

 ネイリストの彼女の爪は暖かいピンクベージュの色に染まり、ベーシックに飾られている。



 その色のように僕も暖かい人間でいられたならば、きっとこんな行動に出なかった。



「瑠海、離れて」



 簡単に折れてしまいそうな瑠海の腕を掴んで、彼女の腰から小さな体を引きはがした。

 これには真依子も驚いたようで、そら?と怪訝そうな声を零す。



 僕にだって、わからないよ。

 瑠海が抱きついたところでお腹の中に宿る命が消えてしまうわけなんてないのに、凄く怖くなった。



 例えるならば、美術館に飾られた警備体制万全の宝石に瑠海が近づいたような、そんな恐ろしさを感じた。



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