ラスト・ラブ -制服のときを過ぎて-

ふいに、低い振動音が響いたような気がして、はっと我に返る。

けど、振動音はすぐに鳴りやんだ。

今のは、メールの受信だ。


膝の上で広げたままの卒業アルバムを閉じると、膝元に転がっているハンドバッグの中をまさぐって携帯をとりだす。

メールを確認すると、陽平からだった。



『今から向かうから』



昨日から出張に出ているはずじゃなかっただろうか。

あれ、帰りって今日だったっけ。

よく覚えてない。


陽平が部屋にたどりつくまでに、段ボールはもとの場所に戻す。

卒業アルバムはクローゼットの奥にすべりこませた。

隠そうと意図したわけじゃない。

深く考えることなく、そこに置いただけだ。





ほどなくしてマンションを訪れた陽平は、私がいれたコーヒーに牛乳を注ぎ、それをスプーンでかき混ぜている。

コーヒーにはミルクだけ。

私と嗜好が合致している。


ほかにも、食べ物の好みは似ていることが多い。

トマト味が好きで、ラーメンが好きで、白ごはんが好きで。

陽平との居心地のよさは、そういうことが似通っているからというのも、一理にはあるのかもしれない。


自分用にいれたコーヒーをすすりながら、横顔を観察する。

そこに記憶にある宏之の輪郭を重ねてみるけど。

陽平とは全然異なることに今さらながら実感する。

だけど、どちらも私が好意を寄せた人であることには、変わりはない。



「なんでわざわざうちに? 会社、戻るんでしょ?」



来るなり早々に、会社に戻らなきゃいけないけど、と陽平は断った。

残務処理が残っているんだろう。

だったら、その処理を終わらせてから来ればいいのに。



「おまえの顔、見たかったから、かな」

「何それ」



大真面目に言われて茶化すけど、悪い気はしない。

マグカップに口をつけるのは、ゆるみそうになる口元を覆い隠すため。

たまにだけど、さらりと恥ずかしげもなくそういうことを言えるところが、好き。



宏之はどうだっただろう。

でも、無理だ。

記憶にぼんやりとかすみがかかっている。

思いだしたいのに。



「おまえんとこ、同窓会あんの?」

「え?」

< 13 / 103 >

この作品をシェア

pagetop