ラスト・ラブ -制服のときを過ぎて-
腰をかがめてちまちまと進んでいく宏之が、こちらを振り返る。
「気をつけろよ」
「うん」
裂けたままになっている金網が、頬や髪の毛に突き刺さりそうになって、慌ててよける。
何度か通りぬけた中で、一度だけ、金網が頬にあたって負傷したことがあった。
かすり傷程度の些々たるものだったけど、宏之は傷口から流れる鮮血を見て慌てふためいた。
傷を負った本人がびっくりするくらい大仰に、心から心配してくれた。
そんなこともあったと、宏之に言われて今、鮮やかに思いだす。
もしかすると宏之は、そのことをずっと覚えつづけていたのかもしれない。
すっかり忘れていた記憶だったのに。
ようやく抜けきると、グラウンドが広がる。
片隅にふたりで佇立する。
「うわあ、懐かしい」
「うん、俺も久々」
ふたりともが卒業以来、足を運ぶことのなかった場所だ。
感嘆の声をあげてしまうのは、無理もない。
「あんな抜け道、まだあったなんてね」
「よくふたりで抜けてサボったよな」
はは、と宏之は陽気に笑う。
視界の向こうで暗夜の中に浮かびあがるは、夜の校舎だ。
ぼうっとした緑色の避難口誘導灯が、漏れる。
ふたりで過ごしたさまざまな想い出が、走馬灯のように脳裏を交錯する。
この地で巡りあい。
この地からつきあいをスタートさせ。
この地で別れて。
10年たって、またこの地に戻ってきた。
私たちにとって、この地がすべてだ。
ふと。
「ね、キスしていい?」
惑いがちに訊かれ、唖然と目を大きく瞠る。
その台詞は、ファーストキスを交わす直前、私が告げたものだ。
そんな言葉を覚えてくれていたなんて。
驚愕するしかなく、凝然と見つめ返す。