王子様とビジネス乙女!
「お早うございます、レナール様」
「あぁおはよう」
「本日も麗しゅうございますわ、レナール様!」
「ありがとう、でも君もとても美しいよ」
「レナール様、わたくし、刺繍をしてみましたの…受け取って下さらない?」
「素敵な模様だね。
大切にするよ」
本日声をかけてきた令嬢のうち5人目からハンカチを受け取り、しばし眺めること10秒間。
素敵だと言った言葉は嘘ではない。
純白の布地が鮮やか絹糸で彩られ、緻密で繊細な華を咲かせている。
美しい。
が、心は動かない。
今まで同じような紋様を何百と見ていながら、どうして今さら心が動くだろうか。
麗しの王子様というのは余人が思うより退屈な職業だ。
何しろ産まれた時から全てがお膳立てされているのだから。
優勝な血筋のおかげで勉学も剣術もそこそここなせるし、母譲りの容姿と王子という地位のおかげで常に女性が言い寄って来る。
優勝な従者にも恵まれた。
もしそんなことを口にすれば、殆どの人間から何が不満なのだ、と言われるに違いない。
恵まれすぎて感覚が麻痺しているのだろう、と。
しかし考えてみてほしい。
産まれてから一度も否定されないということを。
産まれてから常に肯定され続ける人生を。
恐怖を感じないだろうか?
自分を包む居心地のいい環境は所詮ハリボテではないのか。
血筋でも能力でない、俺の本当の人間性を見てくれる者がいるのか。
そんな訳で俺は美しいハンカチにもそれをくれた令嬢にも、興味を持つことができなかった。
戯れに何人かと交際してみた時、知ってしまったのだ。
彼女達は俺の容姿と地位と、表面的な社交性に惹かれて愛を囁いているに過ぎないと。