キモチの欠片

な、んで?

昔の葵だったら『どうして来なかったんだよ』とか絶対に文句を言うはずなのに。

というか、言われると思っていた。
それなのに、まるで何事もなかったかのように振舞う。

拍子抜けというか何と言うか。
予想していた葵の言動とは違うことに驚いて呆気に取られる。



「ゆず、そのマヌケ顔は全然変わらないな」


目を細めて優しく笑う葵の顔に思わず釘付けになってしまった。
そんな穏やかな表情が出来るんだ……。

何だか胸がザワザワする。
昔とは違う、成長した葵の姿を見せつけられたような気がした。


「今日も一日頑張れよ」


葵はふっと微笑み、腕を伸ばしあたしの前髪をクシャリと撫でエレベーターホールに足を向けた。


えっ……、

何よ、それ。
大人の対応をされ、戸惑ってしまう。
寝不足になるぐらい悩んだのがバカみたいじゃない。

触られた前髪を右手で押さえ葵の後ろ姿を呆然と見送った。


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