春雪
 決心した次の日。
 仕事も終わって、通勤の乗り換え駅にあるお気に入りの喫茶店に入る。

 ちゃんと話そうと決心したものの、どうすればいいのか悩んでしまう。
 メールや電話で出来る内容ではないから会って話しをしたい。
 けれど彼はいつも忙しい人で、デートする時間もままならなかった……。

 メールで『話しがしたいので空いている日を教えてください』とシンプルに予定を聞いてから会う約束をした方がいいと思うのだけれど……。
 そう思っても携帯を押す指が動かない。

 雅輝くんへの気持ちは以前のまま。
 彼が好きだ。
 彼に会いたい。

 それに会って真実を知りたいと思う気持ちはある。
 でも、知らなければ良かったと……そう思うような結果になんてなりたくない。

 そんな気持ちが渦巻く。
 ちゃんと話しをしようと決心したはずなのに真実から逃げようとしている自分がどこかにいた。

、どれくらい携帯とにらめっこしていたのだろう。
 いきなり携帯を持っている腕を掴まれて強く引っ張られた。
 急に引っ張られたせいでお尻が少し浮き上がり椅子がガタンと大きな音を立てる。

 顔をあげると、そこにいたのは怒った顔をした雅輝くんが立っていた。
 怒っている表情でも私の心は跳ね上がる。
 私はそれほど彼だけが好きなのだ。

「話しがある」
「え? あ……」

 雅輝君は腕を掴んでいない方の手で私のカバンと注文書を持ってレジへと引っ張た。

「ま、雅輝君?」
「だまれ。何も話すな」

 低い小さな声。
 これはかなり怒っている時の態度だ。
 こういう時は大人しく従った方がいいことを私は知っている。

 雅輝君は手早く会計を済ませ、そのまま電車に乗り込む。
 その間も私の腕は離されることなくしっかりと掴まれていた。
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