春雪
 どれほど時間が経ったのだろうか。
 部屋は真っ暗になっていて家電の小さな電源ランプが唯一の光で、あとは外から差し込む月の光だけが灯りになっていた。

 雅輝君が私を少しだけ強く抱きしめてきた。

「……中学3年の夏休み、父が海外へしばらく出張していた日のことだった。夜、突然女が受験勉強していた俺の部屋にやってきた……」

 話し出した話しはあまりよくない先が予想出来る様な始まりで少し鼓動が早くなる。

「突然俺を愛してしまったと言い出し、俺に肉体関係を求めてきた」

 苦しそうに告げられた言葉に胸に痛みが走り、私は目を閉じた。
 彼は察しも良く頭のいい人だ。
 その女の人の本心はわかっていただろう。

「当然拒絶した……。すると女は出張から戻ってきた父に俺が誘惑してきたと騒ぎ出した。父はそんな女にさげすんだ表情で離婚を言い渡したんだ。……女は他にもいくらでもいるが自分と血が繋がっている跡継ぎは俺しかいないからだってことだった。……女は追い出され、またしばらくすると似たような女が家に入ってきた。……後はひたすらその繰り返しだった……。大学に入る頃にはもう女にはうんざりするようになっていた」

 雅輝君は未婚の女の子達にこれだけモテるのだ。
 同じ家に血の繋がらない若い男がいるだけでも色々な問題があるのに、それが雅輝くんとなればどうなるのかは容易に想像できる。

 多感な思春期からそれが繰り返されていれば女性に対し不信さを募らせてしまうのも納得できた。

「けれど初めて七海と会った時、なぜか不思議と七海を信じられた」
「え?」

 突然自分の話しになって、それが意外な話しでびっくりしてしまう。

「人が良くて純粋で真面目で誠実。その印象は一緒に遊ぶようになってもブレることはなかった。俺が出会った女の中で初めて信じられると思った女が七海だったんだ」
「……」
「誰に聞いても七海の印象は同じで前に話した時は、七海を騙すことは簡単だが騙したりすれば逆にこちらが罪悪感に苛まれるから騙せないって言ってた」

 騙されたりするのは嫌だし騙したりしないで欲しいけど、それって喜んでいいんだろうか?

「何となく……、七海が誰かに傷つけられないように俺が見ていなければ!……みたいな正義感を持つようになって、気づいたら好きになっていた」
「えっ!」

 突然の告白に雅輝君の顔を見たくて少し後ろに顔を向けたとたん、触れるだけのキスをされ恥ずかしさについ前を向いてしまった。
 心臓がばくばくと音を立てている。

 私を信じてくれてた事も、好きになってくれていたことも嬉しくて目頭が熱くなってくる。
 部屋が真っ暗なので泣いても雅輝くんに気づかれないことにホッとした。

「俺が愛したのも結婚したいと思ったのも七海だけだ」
「け、結婚?」

 思ってもみなかった言葉に少しだけ飛び上がって驚いてしまった。
 もしかしてこれってプロポーズ?
 そう思った次の瞬間、後ろから軽く頭突きされた。

「こら、テンパるな。会社がもっと落ち着いてから改めて正式にプロポーズするから」
「あ、そ、っそっか……うん。えっと……、ま、待ってるから……」
「ああ」

 せっかく真面目な話しをしているのに、私の動揺っぷりに耐えられなかったのか雅輝君がスクスク笑っている。

 十分笑ったのか、雅輝くんは私ごと横に倒れた。
 床に横になって何度もキスをする……。

「誰かを愛した事がないから愛し方がわからなかった……。それで不安にさせていたのも知っている。でも、すべてを話す度胸がなかなかなくて今まで色々とすまなかった……」
「……ううん、いいの。私は雅輝君が私の事好きでいてくれればそれでいい」
「そうか……」

 雅輝君の手が私の服に触れ、ボタンが外されていく。

「していいか?」
「うん……」

 少しだけ低くなった声は色っぽく、体が一気に熱くなり恥ずかしくてどきどきしてしまう。
 雅輝君が何を私に求めているのかわかって、キスして欲しくて顔を上げる。

 部屋が真っ暗でも雅輝君にちゃんと伝わったようで、深く痺れる様なキスをくれた。

「七海、愛してる……」

 はだけた胸に雅輝君の唇が触れる。

 きっとこれからも雅輝君のことがわからなくなるだろう。
 彼の過去が消えることはない。

 たぶん、全部は話してないと思う。
 それでも私はどうしようもなく雅輝君が好きなのだ。

 なら彼をまるごと受け入れるだけだ。

「私も愛してる」

 誓うようにそうつぶやいた……。

-END-
< 21 / 22 >

この作品をシェア

pagetop