HAPPY CLOVER 4-学園祭に恋して-
 午後一番の授業は英語だ。教室の後ろのドアから綾香先生が入ってきて、授業見学をしている。そのためか、昼休み明けの授業なのに全員の背筋がピンと伸びていた。ちなみに普段は、起きている人を探すほうが早いだろう。

 爆死と報じられているチャラ男こと堀内くんは、意外にも元気で、わざとらしく後ろを向いて綾香先生に自分の耳を見せている。先生もクスッと笑って頷くと、前を向くように手をちょいちょいと振った。

 隣を盗み見ると、清水くんも堀内くんのことを見ていたようだ。堀内くんが綾香先生の言うことを素直に聞いて前を向くと、つまらなさそうな顔で頬杖をついた。

 ――ジェラシー、ですかねぇ?

 そう思いつつも、あまり腹は立たなかった。なんだか急に、どうでもよくなってしまったのだ。

 綾香先生はたぶん教師として、いや人間として、とても優れた資質の持ち主なのだと思う。彼女の美しさとか成績が優秀だとか、表面的なものに気を取られていると、その本質を見誤ってしまいそうだ。

 きっと清水くんの言うとおり、綾香先生は高校生なんか相手にしないだろう。

 彼女は教育実習生とはいえ、自分が指導者であることを強く自覚しているのだ。教育実習生は若くて常勤の教員よりも身近に感じるが、決して友達ではない。

 堀内くんはそれをわかっているのだろうか?

 もう一度彼の座席のほうを見ると、ちょうど彼が顔を上げて首を小刻みに振っているところだった。チャラ男の象徴でもある、少し明るめに染めた長い前髪が揺れて、彼の横顔がはっきりと視界に入る。



 ――うわっ!



 不覚にも、胸がドキッとした。

 男子にしては肌が白くて綺麗だった。それだけでなく形よく整えられた眉毛や鋭い目つきが、私の心の中に真っ直ぐ飛び込んできた。

 ――え、チャラ男って……?

 いやいや、と私は瞬きして自分の考えたことを力いっぱい否定した。

 ――ちょっとカッコいいかも……なーんてことがあるわけない。だって、ねぇ?

 と、隣をチラッと見る。すると、視線がバチッと音を立ててぶつかった。



 ――ひ、ひえぇ!!



 胸の内側がすり減るような感覚に苛まれるが、動揺をひた隠す。

 頬杖をついたまま、清水くんはほんの少し眉を寄せた。更に私の胃の辺りが絞られるようにキリキリと痛んだ。

 ――ええと、……ど、どうしたんでしょう?

 私は眼鏡の奥で目をこれ以上ないほど大きく見開いて、隣の人にお伺いを立てた。

 頬杖をやめて、シャープペンシルを握ったかと思うと、清水くんは私のノートをぐいと自分の机上へ引き寄せる。

 ――高梨、いないけど?

 彼が書いた文字を見て、私は高梨さんの席を見た。堀内くんの顔がよく見えると思ったら、隣の高梨さんがいない。

 さっきトイレに入ったきり戻って来ていないということだろうか。

 ――チャイムが鳴る前にトイレですれ違った……。

 そうシャープペンシルを走らせると、清水くんが小声で「ふーん」と答えた。

 それから私の文字の下にまた何かを書き込む。

 ――堀内、綾香先生に何かした?

 私は堀内くんの名前を見てギョッとした。でもそれを悟られないように清水くんの綺麗な文字を見つめたまま、待てよ、と慌てて脳を稼動させる。

 少し考えてから次のような言葉をノートに書いた。

 ――昼休み、先生にタイプを聞いてたけど、高梨さんが授業さぼるのと関係ある?

 清水くんが私の顔を覗き込んでくる。

 うわっ! 近い、近すぎます!

 いくら堀内くんがちょっと綺麗な顔立ちをしていても、この人は別格だと改めて思った。

 有名なケーキ屋さんのガトーショコラが堀内くんだとしたら、清水くんは職人肌のパティシエが小麦粉やココアを一切使わずに最高級のチョコレートのみで焼き上げた極上スイーツなのだ。

 そもそもカッコつける必要がないんだ、この人は。坊主頭にしても、長髪にしても、それ自体を自分の魅力にしてしまうような力がある。

 ここまで来ると、これはもう魔力としか言いようがない。魅力っていうのは割とどんな人にも与えられているけど、魔力となると持っている人は限られると思う。

 と、清水くんの顔に見とれていたら、彼の持つシャープペンシルがさらさらと音を立てた。



 ――あいつら、付き合ってる。



 私は「へぇ」と心の中で思った。

 そして三秒後、またしても目をまんまるにして清水くんを見つめることになる。



 ――ウソ!



 これは私の心の叫びだったが、清水くんは肩をすくめただけで、あとは私のほうを見ることもなく、黒板を眺めて考え事に耽っているようだった。
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