恋するキミの、愛しい秘めごと
「ここは……?」
「俺の家」
「はっ!?」
家!?
“家”って、榊原さんの家!?
一瞬にしてパニックに陥る私を見て、何故か楽しそうに笑った榊原さんは「ちょっと待ってて」と言って部屋から出て行ってしまった。
「……」
えーっと、えーっと。
ちょっと待って。
これは、“お持ち帰り”になるんだろうか。
だとしたらマズイ。
榊原さんは正直素敵だなぁと思うけれど。
そういう関係になるつもりはないというか、もしなるにしても、もう少しこう……段階を踏んでというか――って、そうじゃなくて。
一先ず、万が一だけれど、そんな雰囲気になってしまった時の事を考えよう。
パッと見た感じ、人がたくさん住んでいる団地という雰囲気ではないこの場所に偶然タクシーが通りかかるとは思えない。
そうだとしたら、自分でタクシーを呼んで帰らないといけないよね?
呼んだとしたら、どれくらいで着くんだろう。
取りあえずタクシー会社の電話番号を調べた方がいい?
まだ榊原さんは戻っていなくて、その前に……と、携帯を取り出しかけたその時、目の前に見慣れない大きな球体がある事に気が付いた。
「これは?」
直径で1メートル以上はありそうな、大きな球体。
ゆっくりとそれに歩みより、吸い寄せられるようにそっと手を触れた。
「……っ!」
何、これ。
ひんやりと冷たい球体は、ガラスのような手触り。
だけど、それに触れた瞬間、その場所から波紋を描くように光が広がり、余韻を残しながら静かに消えていく。
こんな物、初めて見た。
これはインテリア? 美術品?
すっかり光を失ったその球体に、もう一度触れてみようかと悩んでいると、小さな音を立ててドアが開いて、慌てて手を引っ込める。
「気に入った?」
「あ……すみません、勝手に」
「ううん」
ドアを開けて部屋に入ってきた榊原さんは、手に持っていた二つのカップをテーブルに置くと、私の隣に並んで、その球体に手を伸ばした。
ピアノを弾くように指で撫でると、それに合わせて五つの波紋が静かに広がる。
「綺麗……」
思わず呟いた私に、榊原さんが静かに笑いかけて言ったんだ。
「でしょ? でも、見せたかったのはこれじゃないんだ」
「え?」
戸惑う私をその場に残し、球体の後ろ側に回り込んで何かをカチャカチャといじっている。
「よし、これでいい。ちょっと触ってみて」
そう促された私は、恐る恐るそれに手を伸ばしてそっと触れた。
「――すごい」
何だろうこれは。
よくわからないけど……。
「すごく綺麗」
無機質のはずのその物体に、私の心が何故か震えたんだ。