海淵のバカンス


「なぁ」
「え」
「何故、私とお前には由縁があると思う」


指を隠すように、握り締めた拳で兎々は波人へ問う。
彼女が人へ問うなど、珍しく、同時に唯一の人間味が伺える希な事だった。
そんな彼女が、唯一ぶつけた質問。
海の中では、音には成りきれず、ただくぐもった声だけが、波人の鼓膜へ届いていた。
背鰭が、ドレスのように潮で揺れ、屈折した夕日が、彼女を悠々と照らし見栄えさせた。
端正な顔立ちの彼女が、端正に微笑んでは笑い、淡々と話を始める。



「私の名は、兎々」



裸眼の彼女は、とても初々しい瞳をしていて、笑うその表情は、酷く幼く見えた。
瞳の色素は、海水のように無に近かった。


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