透明がきらめく
プロローグ


「俺、瀬名のこと好きなんだけど」
「…………は?」
「ばーさんかよ一回で聞けよ」


 青天の霹靂。寝耳に水。藪から棒。
 そんな言葉が勢いよく脳内を敷き詰めていく。
 聞き取れなかったから「は?」と言ったわけではない。受け入れ難いだけだ。
 コーラが好き。そんな軽いノリで爆弾発言をかましてくれたヒョロリと背の高い男は、シレッとした顔で私のことを見下ろしていた。

 瀬名というのは私の苗字である。瀬名透子(セナトーコ)。これが私の名前。
 自慢でも何でもないが、生まれてから親戚以外で同姓の人間に出会ったことがない。
 入学時に確認してみたが、私とおんなじ苗字の人間は一人もいなかった。
 つまりこいつの言う瀬名は私のことか?いやまさか。
 

「お前のこと好きなんだけど」
「い、いや、………いやいやいや」


 目の前で同じセリフを何度も繰り返すこの男、久保田晃(クボタアキラ)。
 2年生にしてバスケ部のエース的存在で、背が高くて顔はかっこいいが、めちゃめちゃ愛想がない。
確かにいいやつだ。めちゃめちゃモテるし。

 誰もいない体育館でひたすらシューティングをしているあいつが好きだった。同じ部活の仲間として。
 いつも気怠そうなのに、バスケのことになると顔つきが変わるあいつが好きだった。同じ部活の仲間として。
 試合の時にさりげなく重たいクーラーボックスを持ってくれたり、マネージャーの仕事を手伝ってくれたあいつが好きだった。同じ部活の仲間として。

 そして、隣のクラスの可愛らしいタカハシさんのことを話す恋するあいつが好きだった。あくまで友達として!


「何ソレ。瀬名って壊滅的な馬鹿じゃねえの」
「うん。もうこの際否定しないからそこどいてよ」
「嫌」


 青陽高校バスケ部。県大会優勝を目指して日々練習に励む校内でも厳しいと評判の部活。私と久保田は同じ部活のチームメイトだった。
 今日も部活後にシューティングをしようとしていたあいつに感心して、ボール拾いを買って出たのがそもそもの間違いだった。
 ボールカゴを取りに体育館倉庫に入っただけなのに、この状況は何なんだ。

 倉庫の右側の入り口をふさぐようにして立っているあいつの名前を呼ぶが、久保田はニヤリと嫌な笑みを浮かべたままそこから動こうとはしない。
 この倉庫の左側の扉は錆び付いていて動かない。要するに簡易ではあるが、閉じこめられたのだ。


「久保田」
「何」
「どいて」
「ヤダ。瀬名」
「聞きたくない」
「俺、お前が好きなんだけど」


驚きで気分が悪くなりそうだ。
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