・*不器用な2人*・
第23章/煙草の痕
浅井君からケータイに電話がかかってきた。

梶君にディスプレイを見せると、彼は頬を掻きながら「出た方がいいんじゃない?」と言う。

通話ボタンを押すと、浅井君が「繋がった!繋がった!」と向こうにいる人たちに言うのが分かった。

「ごめんね勝手に離れちゃって。」

そう言いかけたところで、梶君にケータイをひったくられる。

彼は電話をすぐに切ると、私の手を引いた。

「今日1日くらい、2人きりがいい。」

そう言われ、私の頬は熱くなる。

彼に引っ張られるがままに、私は園内を走り抜けた。

その最中だった。

不意に視界に映った手洗い場に、淳君の姿が見えた。

「梶君、ストップ。」

私が声をかけると、梶君が息を切らしながら立ち止まる。

彼は私の視線を追いかけて淳君を見ると、慌てたように彼へと駆け寄った。




「淳、ちょっと服めくれ。」

いきなり梶君に肩を掴まれた淳君は、驚いたようにちいさく声をあげた。

彼はクラスメートたちと一緒ではなかった。

梶君に制服を掴まれ、淳君は慌てて梶君を突き飛ばす。

「触んな!!」

そう怒鳴ってから、淳君はギュッと自分の胸元を手で押さえた。

梶君の表情が曇る。

彼は半ば強引に淳君の着ていたシャツをめくった。

私は咄嗟に目を逸らそうとしたけれど、彼の肌の上に浮かび上がった痕が見えてしまった。

「これ、誰にやられた。」

梶君に言われ、淳君は顔を伏せる。

私は、彼の周りを見渡した。

「淳君、鞄はどうしたの?」

私が訊ねると、淳君は手近にいた梶君を突き飛ばした。

彼は急いで腫れていた目元を拭うと、人波の中へと走って行ってしまった。




「梶君、さっき淳君の胸についていた痕って……。」

観覧車に乗り込み、遠くなっていく園内を見下ろしながら、私は訊ねた。

梶君は苦痛そうな表情を浮かべながら、「煙草」と答える。

上から園内を見ても、淳君が見付かるわけはないけれど、それでもつい探してしまった。

駐車場についた時にクラスメートたちが困惑の表情を浮かべていたことを思い出す。

あの時止めていればよかったと今になって思った。

「木山に言っても仕方ないかな。」

梶君はケータイ画面に木山君の番号を写しながら髪を乱暴に掻く。

「先生とか……」と言いかけて、私は口を噤む。

私が学校へ行かなくなっても担任は特に何もしなかったのを思い出す。

急に胸が痛くなって、私は向いに座っている梶君の手を握った。

梶君はそっと私の頭を撫でてくれる。

「大丈夫だよ。
風野は今まで通り淳に接すればいいよ。」

そう言われ、思わず泣きそうになった。

今まで通りって何だろう……そんなことを考えてしまった。




3時。

集合時間ギリギリにバスへと乗り込むと、すでに乗っていためぐちゃんから怒られた。

「綾瀬ちゃんと一緒に回るの楽しみにしてたのにー。
綾瀬ちゃんは友情よりも恋愛をとるんだ!?」

相変わらずの自己中発言に私は苦笑を浮かべる。

園内で会ったクラスメートたちから「風野ちゃん超ラブラブだったね」と冷やかされ、「やめて下さい」と言い返しながら行きと同じ席につく。

淳君はまだ来ていなかった。

「そう言えば木山君、あの後大丈夫だったかな。」

通路を挟んで隣りに座っている男女がヒソヒソ声で言う。

後部座席に座っている比較的良心的な生徒たちが、暗い顔付きのまま前方に座っている華やかな男子たちを見る。

淳君を連れて行ったはずなのに、彼らだけ先に帰ってきてしまっている。




「そろそろ発車しますが、まだいない生徒さんはいますか?」

ガイドさんのアナウンスに、めぐちゃんが「木山淳がまだです」と答えた。

それとほぼ同時に、淳君が駆け込んで来た。

「木山君、時間はちゃんと守らないと……」

担任にキツい口調で言われた淳君は、裏返った声で「すみません」と言い、俯いたまま私の隣りへと座った。

表情が崩れているのがハッキリと分かった。

バスが発車すると、淳君は顔を隠すように俯いたまま眠ってしまった。

行きと違い、車内は静かで、何となく重苦しい雰囲気が漂っていた。




遊園地から教室へと戻って来てからだった。

髪を金髪に染めた鈴木という生徒が、淳君の机に乱暴に彼の鞄を置いた。

生徒たちがギョッとしたように鈴木を見る。

彼は笑顔で淳君の肩をぽんぽんと叩くと、そのまま自分の席へと行ってしまった。

「木山……、財布とか確認した方がいいよ、絶対。」

近くに座っていた男子が小声で淳君に声を掛ける。

淳君は戻ってきた鞄を抱えたまま、「いいよ別に」と彼に笑い返した。

HRが終わると、淳君は鞄を持って教室を飛び出して行った。

彼と入れ違いに教室に入って来ためぐちゃんが、「何アレどうした?」と周りにいた生徒を見渡す。

「……さぁ。」

先ほど淳君と話していた男子が、不機嫌そうな声でそう答えた。

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