・*不器用な2人*・
その日の昼休み。

担任に指名されて淳君と一緒に教材運びを手伝わされた。

どうして私たちが……とぼやくと、春に長期間不登校をやったペナルティだという。

好きで不登校になったわけではない!と思いつつも単位のことを考えて仕方なしの承諾した。

2人で肩を並べて歩く間は相変わらずの無言だった。

隣りを歩く淳君は、出会った当初のような暗さはもうないけれど、それでも人との関わりを拒むような雰囲気をまだ背負っている。

彼に対して喋りづらさを感じるのは私だけではないはずだ。

「淳君はさ」
私が声をかけると、彼はパッと私を見下ろす。

「人の触られるのって平気なの?」

私が訊ねると、彼は暫く濁った眼で私を見つめてから、「さぁ」と小声で言った。



多目的室に教科書を置いて一息ついてから。

「なんで?」と改めて聞かれた。

「なんとなく気になっただけ」

私が答えると、彼はフーンと頷いてから、近くにあった机の上に上履きのまま座った。

「試してみる?」

そう無表情のまま聞かれて、私は思わず「え?」と素っ頓狂な声を上げてしまう。

冗談かと思ったけれど、淳君は私を見上げたままジッとしている。

「触っても、大丈夫なの?」

「大丈夫だったらそのままジッとしてるし、大丈夫じゃなかったら……綾瀬だろうと容赦なく殴り付けるだろうね」

思わず息を呑む。

人一倍神経質な淳君のことだ。

我慢はできてももしかすると触られることが嫌なのではないのだろうか……。

私は悩みながら手を伸ばしては引っ込めの繰り返しをしていた。

どのくらい時間が過ぎただろう。

淳君が溜息をつきながら肩を落とした。

「冗談だって。
別に触られようが何されようが気にしないから」

彼は小さく笑うと机から飛び降りて、私の肩を片腕で抱いた。

私の家でも使っている洗濯洗剤の匂いがふわっとして、一瞬だけ頭が真っ白になった。

「ほら、全然平気」

淳君は私からパッと手を離すとそう呟いてサッサと教室から出て行ってしまう。

我に返った私は慌ててその後を追った。

「淳君!私、一応彼氏がいるんだけど!」

そう文句を言おうとして、私の足は止まった。

淳君が壁へと手を付いてズルズルと座り込む。

「もしかして、触るの駄目だったの!?」

慌ててその横に座りながら訊ねると、淳君は無言のまま首を振った。

「駄目じゃないよ、全然」

彼は私の方を見ずに手探りで手を此方へと伸ばして来る。

その手がたまたま私の手に当たり、ギュッと握られた。

そのままの体勢でジッとしていた。

生徒たちは誰も通りかからなくて、校舎の外からはしゃぎ声が小さく聞こえてくる。

「何年ぶりかなって思ったらなんか急に泣きそうになったというか……。
別に大したことじゃないんだけどただなんか懐かしかったというか……」

淳君はボソボソと喋りながら私の手を遠慮がちに握ったままでいた。

直ぐにでも解けてしまいそうなほど弱い力で握られてしまい、私もついつい両手で握り返したくなる。

梶君ならもっと力強く握ってくれるのに……。

正反対な彼らを比較して、私は何だか複雑な気分になる。

「小中高で殴られ蹴られだったし、薫はあんなんだから全然触らせてくれないし。養父母さんに甘えるなんてことは当然のように無理だったから、結局」

「誰かに抱きついたりしたことがないの?」

私の言葉に淳君は頷いた。

「淳君はさ、誰かと付き合ったこととかないの?」

私の言葉に淳君はパッと顔を上げた。

彼はみるみるうちに顔を真っ赤にさせたかと思うと、目を大きく見開いたまま口をパクパクとさせる。

「あるわけない!!俺別に顔も大したことないし頭悪いし運動できないしコミニケーション能力皆無だし!!
薫にならまだしも俺に彼女とかできるわけない!!」

――自分のことだ過小評価し過ぎだろ。

私は危うくそう言いそうになりながらも慌てて言葉を飲み込んだ。

「クラスの女子、淳君のことカッコいいって言ってたよ。
私から見ても淳君って結構カッコいいよ」

(顔は)という補足は勿論口には出さなかった。

「綾瀬、お世辞は別に良いから……」

そう真っ赤な顔で言われてしまい、私は呆れながら「ハイ」と返事をした。

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