僕が君にできること
漫画の話に盛りあがり、最後の一枚に手を伸ばしかけた。

その男を見ると、どうぞとジェスチャーで勧めた。

「遠慮なく・・・・。」と頭を下げ最後の一枚をペチリと食べた。

ちょっと和んだ今、聞くべきなのだろうか・・・。

この状況は行き当たりばったり?それとも・・・・。

聞かずにいい夢にしておいたほうが小さな傷ですむ。

また沈黙が戻ってくるとその男が口を開いた。

「俺、本名金本秋生って言います。秋に生まれたから秋生。捻りないでしょ。」

奴は烏龍茶のグラスをカラカラ回しながら笑った。

「湯川旬なんてかっこいい名前ですよね。湯川旬って奴はテレビの中の人で、金本秋生ってのはこんな奴なんです。

少女漫画好きのオタク。」

奴はグラスを見つめながら笑った。

「俺一人親で、3つ上の姉ちゃんがいて、親のいない留守番の間ずっと姉ちゃんの漫画読んでて。

少年漫画ももちろん好きだけど、こっちの方がドキドキするっていうか。俺、中身乙女なんだよね。」

照れくさそうにその男は身の上を話した。

「確かに華やかなんだよね。派手に着飾れ、もてはやされ。そうそう!綺麗な女優さんとキスもできちゃうし!」

と言って奴はニヤッと笑い、その後すぐに遠くを見つめた。

「ときどき見失うんだよね。どれが本当の自分なのか、完全に湯川旬に支配されそうになる。

中身はこんなにダサい金本秋生なのに。誰も本当の俺を知らない。作られた湯川旬を愛してる。」

子犬は寂しそうな横顔をしていた。拠のない不安がその男を包み込んでいた。

「ここに来ると金本秋生でいられる。この狭い空間だけが自分でいることを許してくれるんだよ。

まさかここに湯川旬がいるなんて誰も思わないだろうし。」

そう言ってその男はフフッと笑った。
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