まばたきの恋
「ななちゃん。彼氏いたことある?」
書庫の中で間抜けな返事が響く。七菜子のものだった。
手が空いたので返却された書籍の整理をしようとしたところに奏多がやってきたのだ。
そのまま席にはつかず、書籍の入ったかごを抱える七菜子を見るなり、その後ろをついてきた。
「何なの。いきなり」
振り返る先の表情は堅い。奏多は最近『ななちゃん』と呼び出した辺りから、こういう表情を何度か見かけていた。
「いや、なんとなく」
「言わなきゃだめなの?それ」
「知りたいから。だめ?」
図書室とは頑丈な扉一枚で繋がっているその部屋で、二人が声量を抑える必要はなかった。
夏は開け放しているその扉も、冬が間近に迫っている今では常に閉めてある。何分デリケートな資源が大量に並んでいるので、こちらの部屋の空調は控えめだった。
七菜子も頑固だが、奏多も負けていない。
つい最近、長々と盛り上がってしまってすっかり暗くなった夜道を『危ないから』と効かず、駅まで送り届けられた。
身体が冷える前にとっとと書庫を出てしまいたいので、七菜子は仕方なく手と口を同時に動かした。
「いたよ。ひとり。15の頃に」