Fairy And Rose
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「はぁ、…はぁっ」
アトールは道のない黒い森を、ただひたすら走る。
目指すはフリージアのいる花畑。
あの花畑にさえ行けば、きっと会えると信じて。
………………
「…フリージア、フリージア!」
花畑に着けば、そこはいつも通り変わらない花畑がただ有った。
しかし蝶も、いつも感じていた“何か”もいない。
花だけが、この森に存在していた。
「…フリー…ジア」
涙がアトールの視界を歪める。
けれど、グッと唇を噛んだ。
何度も噛んだ唇は切れて、血が滲む。
泣いたら、本当にフリージアに嫌われる気がしてならなかったのだ。
「フリージア、何処に…」
花畑を見渡しても、フリージアの姿はない。
その事がアトールの涙腺を刺激した。
「連れて…行かれたの?
ねぇフリージア、フリージア…!」
ふらふらと歩けば、踏みつぶされたフリージアの花が目に入った。
地面に膝をつき、フリージアの花についた土を払う。
───ポタッ
フリージアの潰された花びらに雫が落ちた。
「……っう、っ…」
どんなに唇を噛んでも、涙が頬を伝う。
せめて、声を押し殺して
フリージアの花を抱きしめた。
『そうね…アトール。アトールはどうかしら?薔薇の名前からとったのよ』
『ずっと…一緒にいられたらいいのに』
『貴方なんて、大嫌いよ』
『もう、ここには来ないで』
『大好きよ、アトール』
フリージアの言葉、表情、全てを思い出す。
唇の噛み傷に涙がかかれば、血が滲んで舌についた。
鉄の味が口内を占める。
「…フリージア、君は僕のだ」
アトールは立ち上がった。
黒い木々の向こうを見つめて。
「迎えに、行くから…。
きっと、見つけ出してあげるから…!」
アトールは身につけた黒い外套を翻す。
足元にあるフリージアの花を残して。
完