今宵、桜と月の下で
衝動的に、俺は部屋を飛び出していた。

スニーカーのかかとを踏んづけたまま階段を降り、公園へ走り込もうとしたところで、目の前を車が通過した。

危うく轢かれそうになったが……おかげで少し冷静になる。

喉まで心臓が競り上がってるかと思うほどの脈動を感じる。

どくんどくんと、変な耳鳴りもする。

俺は、たしかに手招きされた。

それは、彼女が俺の作り出した幻だから?

俺を化かしているんだろうか?

疑問を抱えながら、彼女へゆっくり歩み寄る。

カメラのレンズ向こうにしかいなかった彼女が今、街灯に照らされる、すぐそこのベンチにいた。

「こんばんは」

と、挨拶をされる。

「……なにか、俺に?」

なのに俺は、挨拶を返すより、そう先に訊いてしまった。訊きたくて仕方なかった。

くすくすと、彼女が笑う。

「バラバラのお花見より、一緒のほうが楽しいでしょ? それにほら」

「?」

す、と指差された空には、上弦の三日月。

「今日は、とても月が綺麗だしね?」

ああ……もしも――
< 6 / 8 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop