青いネクタイ

校庭の真ん中

わたしは小学校６年生のころ、確かに「初恋」と呼ばれるものをした。

あのときはもてあますことしかできなかった想い。
思い出してきゅっとなる。

あの笑顔に今でもわたしは、恋してる。


「ねぇ、君子覚えてる？」

親友のほのかが、ウーロン茶の入ったグラスを傾けてわたしに話しかけた。
黒色の髪が掛かった耳にパールがついたピアスが揺れる。去年の誕生日に彼氏から貰ったと言っていたそれは会う度にほのかの耳で鮮やかに彩っていた。

「なんのこと？」

耳元に光るパールがほのかが動く度にキラキラと揺れる。

「ほら、小学校のときに担任だった西原先生」

「５年生のときの？」

ああ、とわたしは思い出した。
当時30歳くらいだった西原先生は運動会や文化祭などの行事に熱心な先生だった。明るく熱血漢な先生は生徒から人気があった。

「わたしたちの卒業と同時に異動になっちゃったけど一回、こっちに戻ってきてて今年また異動になるんだって」

「へぇ…」

グラスに入ったカシスオレンジをストローでくるくると回しながらグラスの中で回り続ける氷を見ていた。少しぽっちゃりだけど生徒思いで陽気な笑い声が印象的な先生だった。

「なーにぃ、覚えてないの」

不服そうに耳に髪の毛を掛ける。最近、切ったばかりのショートカット。顔の小さなほのかによく似合っていた。

「え？覚えてるって。西原先生でしょ。明るい先生だったよね」

「本当に覚えてる?文化祭とか楽しかったじゃん。クラスで出し物作って、遅くまでみんなで協力して…覚えてないでしょ」

口を尖らせて串に刺さった焼鳥を頬張った。

「えーなんでよ。西原先生好きだったよ?」

わたしの反応が不服なようでほのかの口は尖らしたままだ。

ほのかとは小学校２年から６年まで同じクラスで一番の仲良しだった。中学校に上がると同時に隣の地区に引っ越してしまったわたしにとって小学校時代の接点はほのかだけだった。住む場所が離れてしまっても今の今まで一番近くにいて、わたしのことを一番知ってくれている友達だ。

「君子は淡白だからなぁ～」

ウーロン茶を飲み干して左手でピアスを弄んでいる。拗ねている様子に焦ってフォローするように尋ねる。

「で、西原先生がどうしたのよ」

斜めに座っていた体勢を座り直してほのかを見る。

「最近、小学校の時に同じクラスだった橋本くんたちと会ったんだけど、卒業からちょうど10年経ってるしタイムカプセルを開けようかって話になったの。西原先生と一緒にね」

タイムカプセル。その言葉はわたしの心を少しだけざわめつかせた。

「仲良かったもんねぇ、うちのクラス」

嬉しそうに語るほのかに曖昧に頷いた。ほのかは思い出深そうに小学校時代の話を語って瞳は宙を読んでいる。
林間学校で作ったカレーが水っぽくなってしまったこと。運動会の大縄跳びで一位を取るために昼休みや放課後に練習したこと。思い出話はわたしたちが出会ったころの話まで及んだ。
小学校２年生、初めて話をした時のこと。仲良くなったきっかけは小学校３年に上がったころ、遠足の帰りのバスの中。
次から次へとほのかの口から昔話が飛びだす。

わたしは控え目にカシスオレンジを啜った。グラスの下の方はすっかり氷が溶けてしまっている。

「あ、来週タイムカプセル開けにいくからね。忘れないでよ」

「わかった」

ほのかを見てストローでグラスの中のカシスオレンジを勢いよく掻き回した。グラデーションを織り成していたグラスの中はただの薄いカシスオレンジになっていた。