主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-②
気持ちの整理をつけて、気合を入れるために鏡台の前に座って化粧をした。
いつもより少し濃い目に唇に紅を塗り、鏡の中の自分と目が合うと、その顔には静けさと共に決意が漲っていた。
「よし、私…頑張れ」
主さまの屋敷から少しずつ荷物を移そうと思っていたのだが――結局はひとつも移すことができなかった。
自分が本気で離縁など望んでいない証拠だったし、主さまの屋敷に戻ると“帰って来た”と思ってしまう。
晴明に手を引かれて牛車に乗り込んだ後も息吹は無言で、晴明もまた息吹に話しかけることなく無言で愛娘の肩を抱いていた。
「息吹!待ってたぜ、とうとう離縁する決意をしたんだな!」
「え…?な、なんの話…?」
まさか…主さまがそう言ったのだろうか?
もしそうだとしたら…そうだとしたら…
喜色満面の雪男の肩を押して牛車から飛び出した息吹は、玄関から屋敷へ上がらずに庭へ回り込んで縁側に寝転んでいた主さまを見つけた。
何故か額には手拭いが乗せられていて、普段の息吹なら病気になったのかと心配するところだが、眠っているのか目を開けない主さまに駆け寄って両肩を揺さぶった。
「主さま!主さま!!私…離縁なんて、いや!」
「…は、はあ?」
「いや!私今日は今までの態度を謝ろうと思ってきたのに主さま私に愛想尽かしたんでしょ!?だから離縁なんて…!ぅ、ひっく…」
思わず頭が真っ白になった主さまは、今日息吹から離縁のことを切り出されると思っていたので、離縁はいやだと泣く息吹の細い腕を掴んで起き上がる。
何がどうしてこうなったのか――わかっているのは、息吹は離縁を望んでいないということ。
そして自分も、離縁を望んでいないということ。
「…息吹、話を聞け」
「意地になってごめんなさい、私離縁なんて…主さまとお別れするくらいならいっそ…!」
「息吹。こっちへ」
雪男や山姫が庭に集まって不安げな表情でこちらを見ていたので、主さまは優しく息吹の肩を抱いて夫婦共同の部屋へと導いた。
…以前より確実に細くなった肩。
元々がりがりだったが夫婦になってから少しふくよかになったかと思ったら…
「息吹…先に言っておくが、俺は離縁を望んでいない」
「え…?だってさっき雪ちゃんが離縁する決意をしたんだなって言ったから…」
「あいつ…。昨晩晴明が式を飛ばしてきた。明日お前から重大な話がある、と。俺はてっきりお前から離縁を切り出されるかと…」
呆けたように正座したままぽかんとした息吹の涙を指で拭ってやった主さまは、そっと息吹を抱きしめた。
「離縁はいやだ。ちゃんと…全て話す」
隠し事をした始末をつけなければ。
いつもより少し濃い目に唇に紅を塗り、鏡の中の自分と目が合うと、その顔には静けさと共に決意が漲っていた。
「よし、私…頑張れ」
主さまの屋敷から少しずつ荷物を移そうと思っていたのだが――結局はひとつも移すことができなかった。
自分が本気で離縁など望んでいない証拠だったし、主さまの屋敷に戻ると“帰って来た”と思ってしまう。
晴明に手を引かれて牛車に乗り込んだ後も息吹は無言で、晴明もまた息吹に話しかけることなく無言で愛娘の肩を抱いていた。
「息吹!待ってたぜ、とうとう離縁する決意をしたんだな!」
「え…?な、なんの話…?」
まさか…主さまがそう言ったのだろうか?
もしそうだとしたら…そうだとしたら…
喜色満面の雪男の肩を押して牛車から飛び出した息吹は、玄関から屋敷へ上がらずに庭へ回り込んで縁側に寝転んでいた主さまを見つけた。
何故か額には手拭いが乗せられていて、普段の息吹なら病気になったのかと心配するところだが、眠っているのか目を開けない主さまに駆け寄って両肩を揺さぶった。
「主さま!主さま!!私…離縁なんて、いや!」
「…は、はあ?」
「いや!私今日は今までの態度を謝ろうと思ってきたのに主さま私に愛想尽かしたんでしょ!?だから離縁なんて…!ぅ、ひっく…」
思わず頭が真っ白になった主さまは、今日息吹から離縁のことを切り出されると思っていたので、離縁はいやだと泣く息吹の細い腕を掴んで起き上がる。
何がどうしてこうなったのか――わかっているのは、息吹は離縁を望んでいないということ。
そして自分も、離縁を望んでいないということ。
「…息吹、話を聞け」
「意地になってごめんなさい、私離縁なんて…主さまとお別れするくらいならいっそ…!」
「息吹。こっちへ」
雪男や山姫が庭に集まって不安げな表情でこちらを見ていたので、主さまは優しく息吹の肩を抱いて夫婦共同の部屋へと導いた。
…以前より確実に細くなった肩。
元々がりがりだったが夫婦になってから少しふくよかになったかと思ったら…
「息吹…先に言っておくが、俺は離縁を望んでいない」
「え…?だってさっき雪ちゃんが離縁する決意をしたんだなって言ったから…」
「あいつ…。昨晩晴明が式を飛ばしてきた。明日お前から重大な話がある、と。俺はてっきりお前から離縁を切り出されるかと…」
呆けたように正座したままぽかんとした息吹の涙を指で拭ってやった主さまは、そっと息吹を抱きしめた。
「離縁はいやだ。ちゃんと…全て話す」
隠し事をした始末をつけなければ。