主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-②
“明朝、息吹より重大な話しがある。心して自宅で待機されたし”


流れるような達筆で書かれた文に釘付けになってしまった先頭の主さまが脚を止めると、必然的に後方の百鬼たちも脚を止めてしまう。

何事かとわいわい騒いでいたが、2番手に控えていた銀は背中側から主さまの手元を覗き込み、目を丸くした。


「おお、とうとう離縁の知らせか?」


「……そう…思うか?」


「さあ、俺にはわからん。離縁となれば、若葉は平安町で育てた方がいいな。あいつは息吹が大好きだから今も恋しさで夜泣きをして大変だと山姫がぼやいていた。一応覚悟を決めておいたほうがいいぞ」


ますます表情が曇ってしまった主さまを見て銀の尻尾が激しくぴょこぴょこ動いた。

…彼もまたさすが晴明の血縁と言うべきか、そんな主さまを見て嬉しくなってしまい、肩を抱いてぐりぐり頭を撫でて主さまを励ます。


「今夜は早めに戻って気持ちの整理をつけろ。あと息吹の話を最後まで聞いてやれ。そして胡蝶の件はしっかり解決させろ」


「…言われなくとも…。馴れ馴れしく触れるな」


だがその後も主さまは明らかに動揺しており、息吹と主さまが明日離縁してしまうかもしれないという噂が百鬼に一気に伝わってしまうと、彼らは口々に主さまを責め立てた。


「主さまが胡蝶をはっきり拒絶できねえからこんなことに!」


「息吹が幽玄町から去るなんて嫌です!2度も幽玄町を去らせるなんて…鬼!文字通り、鬼!鬼畜!」


…ぐうの音も出ない。

反論もできず、真っ青を通り越して真っ白な顔になってしまった主さまは、銀の提案通りに早めに百鬼夜行を引き上げて屋敷へと戻る。


だが落ち着いていられるわけがなく、晴明の文を握りしめたままずっと庭をうろうろしていると、山姫が黙ったまま縁側で正座をして真面目な顔をした。


「…説教はごめんだ。俺だって離縁なんか…」


「離縁なんかしたら絶対後悔しますよ。主さま…駄目ですからね。とにかく絶対駄目です。だって息吹は…」


「…息吹が…なんだ?」


言いかけて口を閉ざした山姫は、そのまま口を開くこともなく自室に引き上げて行った。


「息吹がなんなんだ…?くそ…離縁などするものか…!」


この手でもう息吹を抱きしめることができなくなるなんて、絶対に嫌だ。

悩み過ぎて激しい頭痛に襲われた主さまは縁側に寝転がって瞳を閉じた。
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