主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-②
それからというものの、主さまは約束通り地主神の祠に毎日通い詰めた。

息吹の体調はすっかり落ち着き、また苦心して食べ物に気を遣っていたので吐く回数も激減したある日、潭月が百鬼夜行前の主さまの肩を叩いた。


「愛しい息子よ」


「…なんだ気持ち悪い。手を離せ」


「俺たちは明日高千穂へ帰る。長い間世話になったな」


突然の帰還宣言に思わず目を丸くした主さまの肩をさらにべったり抱いた潭月は、庭に降りて花の水遣りをしている息吹を呼び寄せて頭を撫でた。


「お前の嫁の体調も落ち着いたようだし、俺にも一応やらねばならんことがある。なかなか楽しませてもらったぞ」


「そうか。お前は別に戻ってもいいが…胡蝶と母上は残ってもいい」


「愛しい妻と妻を置いて俺だけ帰れというのか?それくらいなら俺もここに居座るぞ」


愛しい妻と娘、と言われた周と胡蝶は、共に忙しげに扇子を動かして赤くなった顔を扇いでいた。

特に胡蝶は潭月と長い間確執があったので、一緒に高千穂へ帰れるとあってどこか浮足立っているような姉を案じて声を押し殺して潭月に駄目押しをする。


「…もう二度と俺の姉を困らせるような発言をするな。あれはお前の愛に飢えている」


「俺なりに愛したつもりだったが一向に伝わっていなかったと知って俺も落ち込んだんだぞ。まあ任せておけ」


「そんな…帰っちゃうの?せっかく私体調が良くなっておもてなしができると思ってたのに…」


「十分もてなしてもらったとも。発つのは明日だし、もう少し厄介になる。ああ十六夜、お前はもう行ってもいいぞ」


むっとなった主さまが食ってかかろうとすると、息吹は主さまのしなやかな腕に抱き着いて引き留めて笑った。


「主さま早く帰って来れるんでしょ?みんなで待ってるから。行ってらっしゃい、気を付けてね」


「……行って来る」


すっかり丸め込まれてしまっている息子の変わり様に噴き出した潭月は、縁側に戻って転がしていた若葉を膝に抱いて銀をぴりっとさせた。


「おい、勝手に俺のものに触るな」


「来年の今頃は本物の孫を腕に抱けるんだ。今のうちから練習しておかないとな」


子煩悩の子は、やはり子煩悩。

息吹は主さまに手を振って見送ると、最後の夜を楽しんだ。
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