主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-②
本堂の戸を開けて出てきたのは――主さまだった。


ほぼ1か月ぶりに主さまの姿を見た息吹は胸が熱くなって無事であることを喜んで瞳を潤ませた。

ただ息吹を抱き上げている晴明は固い表情で、息吹の喜びを共有してやることができない。

押し黙っていると、息吹は辺りを見回している主さまから目を離さないまま、声を震わせて晴明の胸元をぎゅっと掴んだ。


「主さま…主さま…!」


「……」


「父様…主さま…ちょっとやつれてるけど元気そう…。外に出てこれるみたいなのに、どうして………」


そこで息吹の唇が止まった。

どこかやつれて胸元も乱れた状態の主さまがさらに1歩進もうとした時――屋内から白い腕が伸びて、主さまの袖を掴む。


息吹の瞳が限界にまで大きく見開かれた。

この光景は一体何なのかと呼吸をすることも忘れて、息吹の拳がみるみる真っ白になっていくのがわかった晴明は、息吹を抱え直して耳元で真実を告げる。



「…十六夜はあの女子と共に1ケ月…ここに留まっていた。理由まではわからぬが…こうして外に出て来れるのならば、十六夜の意志なのだろう」


「主……さま…」



息吹がぽつりと呟いた時、突風に姿隠しの羽衣が宙を舞った。

ふわりふわりと左右に揺れながら主さまの足元に舞い落ちた羽衣――主さまはそれを拾い上げて、そして…表情を強張らせた。



「いぶ……き………?」


「……主さま…なあんだ…そっか……また…女の人……」



晴明は、息吹の雰囲気がふっと軽くなったのを感じた。

それまで曇りがちだった表情はどこか晴れて…眉を潜めた晴明は、息吹の顎を取って目を合わせる。


「息吹…?そなた…わかっていたのかい…?」


「……父様、私を主さまのところまで下ろして下さい。ちゃんとお話をしたいから」


「いいとも。その後は…銀と一緒に牛車の中で待っていなさい。いいね?」


「はい」


主さまは瞬きを忘れてしまったかのようにして、息吹を見上げていた。

そして息吹を抱き上げている晴明が階の前で降りると、主さまを引き止めていた白い手が引いて本堂の戸が閉まる。



「息吹……」


「主さま……久しぶり…だね…」



息吹の腹が…大きい。


主さまはよろめきながら階を降りる。

1歩1歩息吹に近付く度に愛しさが込み上げると共に、やつれた息吹を見て歯を食いしばった。
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