主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-②
自分のために家探しをしてくれている酒呑童子のために、家を綺麗にすることくらいしか恩返しができないと考えた椿姫は、袖を捲って畳を乾拭きしていた。


…彼方は毎晩のように、愛してくれる。

これが女の幸せなのかと思うと無性に顔がにやけてしまって、慌てて表情を引き締めながら手を動かし続けた。


「彼方様……いずれはお別れをしてしまうのでしょうか…」


“夫婦になろう”とは言ってくれない。

まだ出会ったばかりなので当然のことだが、彼方のことを何も知らない。

私有地であるこの森の山中で一体何をしているのか?

毎日のように高級品を持ち帰って来るその金の出所は?


私は…あなたと一緒になりたい。


「そんな……私から言うだなんてはしたない…!」


男から恋文を毎日のように送られて、返事を書いて――そして愛を育む。

互いに好き合えば男が夜に部屋に忍び込んできて――想いが成就する。

そういうものだと思っていた。

そういうものだと――


「ここから出て行くのならば、徹底的に綺麗に…」


そして椿姫が目を遣ったのは、彼方から開けてはならないと言われていた押入れ。

そろりと近寄った椿姫は、襖の隙間に目を凝らして中を覗こうとしたが真っ暗で何も見えずに顔を上げて考えた。


「彼方様の私物が入っているのでしょうか…。私が風呂敷に綺麗に入れていれば出て行く時間が短縮されるかも…」


きっとこの中は彼方の私物がぎゅうぎゅうに入っていて、襖を開ければどっと出てくるかもしれない――

楽しい想像をしながら襖に手をかけて勢いよく開けると――


そこには、想像もしないものが。


「きゃああっ!?こ、これは………っ、骸骨…………!?」


1人分の骨の山。

乱雑に押入れに入れられていたらしく、想像通り押入れからどっと押し寄せてきてしりもちをついた椿姫は、身体をがたがた震わせながら骸骨から目を離せずにいた。



「か…彼方様は…これを知って……」


「椿姫、今帰った………ぞ…」


「…彼方…様……」



2人共、凍り付く。

互いに凍り付いて見つめ合ったまま、無言のままに。


「彼方様……この骸骨は…一体……」


「……見られて…しまったか…」


そして、起こるべく出来事は、起こった。
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