主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-②
そんな骸骨知らない、と言ってほしかった。

だが彼方は固まって動けずにいる椿姫の脇を通って骨の山を再び押入れに押し込めると、襖を閉めて椿姫の前に立つ。



「…お前に話さなければならないことがある」


「彼方様……一体…何が起こったのですか…?あの骨は…」


「椿姫……俺は…実は人ではないんだ。……俺は…鬼だ」


「え…?お…に……?あ、あなたは……妖なのですか!?」



瞳を見開く椿姫は恐怖に慄き、生きながらこの身を食われたあの時のことを思い出して両手で口元を覆って後ずさりをした。

彼方が鬼ということは…人を食って生きているということだろう。

ということは…あの骨の山はこの家の主で…彼方が…食ったのだろう。


「そ、んな…!私は信じません!彼方様はとてもお優しくて、私を拾って下さったではありませんか!」


「…いずれ食おうと思って手を出さなかった。だが椿姫…お前と暮らして、お前をこの手に抱いたことで食う気は失せた。それだけは…信じてくれ」


彼方の両の額に、細長い角が現れた。


本当に鬼なのだとわかると、裏切られたという思いが全身を駆け巡り、涙で頬を濡らしながら彼方を責める。


「私をこれからどうなさるおつもりですか…?!ひどい…!彼方様を信じていたのに…!」


「椿姫…俺はお前を食わない。これからもお前と一緒に暮らしたいんだ。だから頼む…俺を理解してくれ。俺を…信じてくれ」


――彼方の表情が歪み、今にも泣きそうな表情になった。

この鬼が本当に自分を食べずにこれからも一緒に暮らして愛してくれるのだろうかと考えると、想いが拮抗して言葉を紡げなくなる。


戸惑った瞳で見つめていると、痺れを切らした彼方が強く腕を掴んできて、鋭い爪が腕に食い込んだ。



「いた……っ」


「!すまない…。……椿姫……?なんだ…この…匂い…」



彼方…酒呑童子の思考を奪うほどに甘くて濃厚な匂いが椿姫の腕から立ち上る。


いつも感じていたはずの匂いだが…いつも以上に芳しく――牙が疼いた。


「椿姫……」


「…!彼方様…っ、いや…っ!おやめ下さい…!」


抵抗する椿姫を羽交い絞めにして押し倒すと、爪が食い込んだ左腕に顔を近付けた。


その匂いからもう――逃れられなかった。
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