主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-②
腰が砕けた椿姫は立ち上がれず、酒呑童子が抱き上げて久々に互いに顔を間近で見た。


――ずっとずっと自分自身の想いを否定し続けていたけれど…

やはりこの鬼を愛しているという感情を消し去ることはできない。


信じていた者に食われてつらくて苦しんで、憎もうと努力したが…結果的にそれは適わなかった。

神社に閉じこめられてからも食われて、それでも再生する身体を愛されて、日々どうすればいいのかと考え続けたが…


「あなたを…彼方様を心から憎むことはできませんでした…」


「…憎んでくれても良かった。それでお前が俺の傍に居てくれるのなら……」


見つめ合うふたりの絆が再び結ばれる。

晴明はそんな感動的な光景を横目で見つつ、それよりも孫の誕生と息吹と主さまの体調を慮って足早に母屋へ彼らを通す。


「本来ならば十六夜の許可なく入ってはいけない屋敷だ。一切の物に触れてはならぬ」


「何にも触れない。俺の両手は塞がっているからな」


晴明や百鬼たちに見つめられて恥ずかしくなった椿姫が顔を両手で隠すと、晴明は酒呑童子を主さまと息吹の居る部屋に通した。


「十六夜、事は順調に整ったぞ。…おや、私の孫はもう寝ているのかい?」


「父様!お乳をあげたらすぐ寝ちゃったの。……あ…椿さんと…」


主さまの腹部を貫いた酒呑童子――

息吹の表情が陰ると、酒呑童子は柔和な美貌を同じように陰らせて腹に大穴が開いているはずの主さまに視線を向けた。


だが…

開いているはずの腹部の穴はいまや小さくなり、拳大ほどでしかない。

毒を受けたはずなのに顔色も良く、酒呑童子を驚かせた。


「そんな馬鹿な…」


「椿さん、酒呑童子さんとは仲直りできたの?」


「はい…。茨の道となるでしょうが、それでも私は……」


「そっか、良かった!ね、主さま」


「……お前は長く生きられないぞ。毒が身体に染み込んで解毒することができないらしいからな」


責めもせず冷静な主さまに少なからず感銘を覚えた酒呑童子は、椿姫を腕に抱いたまま力強く頷いた。


「椿姫と同じ長さで生きれるならそれでいい」


その言葉は生気に満ちて、椿姫の顔を満面の笑みに変えた。
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