主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-②
「十六夜よ、遥か北の山奥にて不可思議な力を感じる」


泉の捜索から早一ヶ月が経った頃、晴明が地図を持って主さまの元へ現れた。

今まで吉報がなく、さすがに皆の顔に焦りが見え始めた頃だったので、その一報は皆を湧かせた。

「さすがは晴明!で、泉はどこだ!」


「待て待て、その前に酒呑童子たちを呼んでこい!」


騒然とする中、主さまは縁側で腕を組んでじっと空を見つめたままだ。

息吹は朔をあやしながら客間へと急ぎ、用件も告げずに酒呑童子と椿姫を縁側へと連れ出した。


「…晴明、間違いないのか」


「はて、そもそも私は不可思議な力を感じると言っただけで、泉であると断言はしていないが」


「もったいぶるな。泉なのか、そうでないのかはっきりさせろ」


眉間に皺を寄せて苛立つ主さまの反応を面白がるかのように肩を揺らして笑った晴明は、雅な扇子を広げて口元を隠しながら、こくんと頷いた。


「間違いない」


「…よし、出るぞ」


腰を上げた主さまを見上げた酒呑童子の瞳には明らかな期待の色が浮かび、椿姫は息吹の手を掴んで顔を輝かせた。


「息吹さんも一緒に!」


ーーその場の空気が凍りついた。

主さまと息吹の間では一緒に泉には行かないと決めていたが、百鬼たちはそのことを知らない。

微妙な空気が流れる中、息吹の明るく可愛らしい声が流れを変えた。


「椿さん、私は行きません。朔ちゃんとここで待ってます」


「え…でも一緒に行くって前に…」


「私が行くと足手まといになると思うの。雪ちゃんと母様と待ってるから、頑張って!」


ーー時々息吹は有無を言わさないところがある。

朗らかに笑っているが、嫌とは言わせない何かがあり、晴明と主さまは微笑して椿姫を横目で見遣った。


「それ以上は言わぬがいい。私の愛娘はそこの人食い鬼より怖くて頑固だからねえ」


ちくりと揶揄されて表情を歪めた主さまに満足した晴明は、地図に朱色の筆で北のとある地点に丸を描く。


「北は百鬼夜行を恐れぬ猛者も多いと聞く。十分用心して行くがいい」


「椿姫は俺が守る。…ついでにお前も守ってやる」


「…ふざけるな。俺を誰だと思って…」


「主さま、行ってらっしゃい!気をつけてね!」


…反論しかけたところで息吹に声をかけられてしまった主さまは、苦虫を噛み潰したような表情で空を駆け上がった。
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