主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-②

結局は夕方になればこの姿を見られざるを得ない。

だがぎりぎりまで耳と尻尾が生えた姿を潭月に隠したかった主さまは、夕方になってようやく縁側の方の障子を開けて夕暮れを見上げた。


「息吹、お前は母たちと過ごす最後の夜になる。特に母が満足するまで相手をしてやってくれ」


「はい、わかりました。主さま、あの…平安町のことだけど、私ほんとに帰りたいって思ってないから。だから心配しないでね」


「…心配などしていない。お前が時々平安町へ行く程度ならいい、と言ったんだ」


――主さまは本当は優しい人だ。

他人にはどうかわからないが、自分にはとても優しくしてくれていることを知っている息吹は、主さまの背中に抱き着いて仄かに香る香の匂いを吸い込んだ。

主さまの息吹の香の匂いを楽しんで腰に回された指に指を絡めていると――


「おお十六夜！お前なんだその姿は。可愛いじゃないか」


「…行って来る」


潭月に見つかって慌てた主さまが急いで空を駆け上がり、ふりふりと揺れる尻尾…いや、主さまをうっとりした表情で見送った息吹は、潭月に駆け寄ってにまにましてしまう。


「可愛かったですよね。実は父様から悪戯をされちゃって、朝からずっとあの姿だったんです」


「やるな晴明。お前は相変わらず俺の息子をいじめているのか」


『いじめてなどいないとも。十六夜が私から娘を奪ったから嫌がらせをしているだけだよ』


「十六夜に悪戯をできるのはお前だけだぞ。俺が悪戯などしてみろ、殺されかねん」


八咫烏の身体を借りて話している晴明と潭月の会話をくすくす笑いながら縁側で聞いていた息吹は、台所から何やら音がしていることに気付いて台所に向かうと――そこにはなんと周の姿が。

料理はしないと言っていたので驚いていると、周は息吹に気付いて唇を吊り上げて笑った。


「山菜汁じゃ。料理をするのは久しぶり故、失敗しても文句は言わぬよう」


「わあ、楽しみです！私もお手伝いしますね。潭月さん喜びますよ」


「あ奴を喜ばせるために作っているのではない。そなたと楽しい時を過ごすためじゃ」


周が自分を気に入ってくれていることがとても嬉しくて、少し片手間になった時に息吹はそっと周の手を繋いだ。

周も娘ができたような気分になって息吹の頭を撫でると、きゃっきゃと声を上げながら食べきれない量の料理を作って潭月を笑わせた。