主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-②
静という女性の名で呼ばれた息吹は、誤解を解くために首を振って笑いかけた。


「私は幽玄町側の者です。あなたは…?」


「…ああ、申し訳ない、俺…いや、私は源義経と申します。そなたが私の知り合いの女性にとてもよく似ておられたのでつい…」


「そうなんですね、申し遅れました、私は息吹と申します。あの…申し訳ないんですが、あの風呂敷を拾って頂けないでしょうか」


地面に落ちている風呂敷を指すと、義経は優雅にひらりと馬から舞い降りて甲冑の重たい音を立てた。

小手や具足など完全装備で重たいはずなのに、一切重力を感じさせない動きに息吹が驚いていると、義経は風呂敷を拾ってなお驚いた表情を浮かべながら息吹に風呂敷を手渡す。


「いや…本当によく似ている。そなたは幽玄町の者なのか。では…その美しさは妖なのですね、納得がいく」


「私は妖じゃありません。ふふふ、雪ちゃん聞いた?美しいって言われちゃった」


息吹が嬉しそうに笑うと、義経はなお見惚れた様子で息吹を見つめていたので、やきもちを妬いた雪男は息吹の着物の袖を引っ張って義経から離れさせた。

引き寄せられるように1歩脚を踏み出そうとした義経は、雪男に殺気を叩きつけられて躊躇して見つめる。

雪男も負けじと義経を睨んだが――この男、なかなかの美丈夫だ。


活発そうな大きな黒瞳、鼻梁の整った鼻筋、そしていつも笑みを絶やさない口許――

兄の源頼朝と共に朝廷に力を貸すために平安町へやって来たという噂は聞いてはいたが…これ以上義経に関心を持たせるわけにはいかない。


「おい、よく覚えておけ。息吹は主さまの妻だ。妙な真似をすればお前の命なんかあっという間に奪われるからな」


「そんな…!そなたが妖の妻!?ああわかったぞ、手籠めにされて泣く泣く妻とさせられたのですね!?なんと残酷な…!」


「え、違います!私は主さまのことを…」


「息吹、もう戻るぞ!」


強引に手を引っ張られて引きずられるように幽玄町側に連れて行かれた息吹は、風呂敷を拾ってくれた義経に小さくおじぎをした。



「い、息吹姫!またお会いしたい!明日ここでお待ちしています!」


「え、えっと…はい!時間ができたら行きますね!」


大きく手を振ってくる義経に心和んだ息吹が手を振り返したが、雪男は気に食わずに息吹の後頭部に軽いげんこつを打ち込む。

また好敵手ができたかもしれないことに、雪男もきりきり。

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