黒竜と魔法使い。~花檻の魔法使い~
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 冷たい布で顔を冷やす。

「明日はもっとひどそうだわ…」
薄闇の中、オレンジ色のランプが室内を照らす。
じりじりと芯が燃える音が響き、痛む顔に塗り薬を塗る。こんなことなら、魔法薬のストックを用意しておくんだったと自嘲気味に口元を歪ませる。

 5歳のころ――迎えが来た。

竜と呼ばれる人だった。

「君が――エルロウスの?ああ、君だ」

彼―光竜はそう言ってシルヴィアの頭を撫でた。
シルヴィアは光竜に連れられて、ローゼンフォルトの門をくぐる。

その行為に愛があったわけでもない――。
その行為に感情があったわけでもない――。
光竜と契約を交わす前に――、誘われて「女」を買っただけだと。
存在に意味などない――、必要などない。
優しい光竜は、娼婦の娘を蔑んだ目で見る。
その瞳は優しく微笑むのに――奥底では、言葉を交わすのも汚らわしいと思っている。

そんな風に見るのなら、どうして、私を連れて来たの?
そんな風に、私を、蔑むのなら、どうして、私を、ここへ招き入れたの?

こんな私をいらないと言うのなら、何故、ここに閉じ込めるの?


 シルヴィア・ローアセルの存在全てを否定するローゼンフォルト達に何故―――、私が従わなければならないの?


石畳に力強く爪を立てる。
爪が割れてしまうが、それでも、それでも――シルヴィアは理不尽な世界に、周囲に、怒りを募らせる。そして、ふと意識が遠のく。
(ああ、『時間』-―ね…)
天才と称される魔法使いが激しい憎悪を持ち、ローゼンフォルトに害をなさないように『器』に施された呪い。怒りや、憎悪などの負の感情が募るとその感情を打ち消すように働く魔法。
理性(意思)の改ざん。
鼻に付く、花の香り。感情(きぶん)を落ち着かせて、安定させ、抗う事を奪う――魔法花。
塔の外壁に僅かに絡まる蔦の花の蕾が咲く。

『花檻』

憎しみ全てを奪われる。けれど、憎しみは募る。

今日、打たれた頬の痛み、蔑む騎士の眼差し――。
それら全てを、許し、受け入れる、魔法。

憎い、憎い、憎い―――。
この身と、この魂と、この世界とこの世界の強者と呼ばれる『竜』が憎い。

憎しみを募らせ―――呪いと花の香りに包まれて、眠りに落ちる。


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