彼氏がいるのにマラソンで…
結局、股間がオリンピックな茂よりも私のさっき覚えたばかりのスライド走法は、パンツがずれるよりはやく足を入れ替えるというコペルニクス的逆転の発想によりぶっちぎり、元のコースへと戻った。

そして翌日。

モスクワオリンピックの代表選考レースであった1979年12月の福岡国際マラソン。

瀬古とゴールの競技場でデッドヒートを演じて茂は2位、猛猛は3位となり兄弟揃っての代表となったが、日本がモスクワ大会をボイコットしたため、出場は幻となった。


そして、私、大納言 真紀子は、瀬古さんを含め3人とつきあっている。

これがほんとのビッチ走法。なんちて。

違うか。











参考文献『振り向いたら負けや 茂と猛のマラソントーク 』(宗茂と宗猛の対談集、講談社、1986/1、ISBN 978-4062026093)
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