ボレロ - 第一楽章 -


「会議中、何を考えてたのかな? 心ここにあらずの顔だったね」


「ごめんなさい。知弘さんの話も面白かっのよ。でも、ちょっとね」


「ちょっと、つまらなかった?」


「いえ、お父さまや知弘さんのように、私も立ち回れるのかと思って……

あっ、立ち回るなんて失礼な言い方ね」


「いや、いいよ。そのとおりだから。何かとうるさい親戚も多い。

僕は独り身だから気楽だけどね」


「結婚は考えないの? それとも結婚には魅力を感じないとか」


「兄さんにも言われたよ。お前の将来が心配だと。で、こんなものをもらった」



会議のあと本社を出て、私が所属するデザイン室のオフィスまで歩きながら、

気のおけない二人だけの会話がかわされていた。

知弘さんが胸ポケットから取り出したのは、経歴を書いた書類と写真で、

それは明らかに見合い相手の釣書だった。



「お嬢さまの中にも、僕のように縁に恵まれず歳を重ねる人が多いらしい。

兄さんが友人たちに誰か紹介して欲しいと頼んだら、

こんなのがわんさか集まったそうだ」


「そんな風におっしゃらないで。私も似たようなものだもの、

現在売り出し中ですから」


「何を言ってる。君には彼がいるだろう。それとも別れたのかい?」


「いいえ、彼とはそんなお付き合いじゃないの。

私たちの将来が重なることはないわ……

さぁ着きました。ここです、どうぞ」



叔父の話を断ち切るように、私は入り口へと案内した。

何か言いたげな口がいったん開きかけたが、玄関に待っていたスタッフに

迎えられ、姪を心配する叔父の顔から、スマートな紳士の顔へと素早く

変わった。





「デザイナーの養成も考えているとはね。

将来を見据えたビジョンがあるのはいいことだ」


「模倣だけではやっていけないと思ったの。

トレンドに乗るのは簡単だけど、それはワンシーズンだけのこと。 

こちらが流行を生み出すくらいの気持ちがなければ、

この業界では生き抜いていけないわ」


「それでオリジナルブランドにしたのか。

なるほどね。兄さんが珠貴のことを自慢するのもわかるよ」


「私のことを? そんなこと聞いた事ないわ……

社長として見た場合でしょうね。娘も会社の駒のひとつなのよ」


「社長というより父親の目だろうね。珠貴、あまり反目するのは良くないよ。 

兄さんには理解者になってもらった方が得策だと思うけどね。この先何かとね」



意味ありげに微笑むと、ポケットの携帯を取り出した。

バイブレーションになっていたのか、着信があったようでやおら話を始めた。



『ついたんだね。受付には話しておいたから、

ここまで案内してもらってくるといい。じゃぁ、待ってるよ』


「どなたかいらっしゃるの?」


「うん、珠貴とデザイナーに会いたいと言うから来てもらった。

会えばわかるよ」



そういえば、ここにきてすぐ、叔父がオフィスの入り口にいるスタッフに

何かを告げていた。

誰が来るのだろうと思案していると、考えをめぐらす間もなく足音が

聞こえてきた。



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