南の海を愛する姉妹の四重奏
 鮮やかで暑い。

 それが、ウィニーが抱いた最初の印象。

 青は強い青で輝き、白はまぶしい。

 同じはずの太陽の色さえ違うというのは、一体どういうことなのか。

 長い間、馬車に揺られ続けた身体の痛みも忘れて、彼女は馬車の窓から外を見つめた。

 軍服と皮膚の間に、じっとりとした汗が止まることなく沸き続ける。

 こんな状況でなければ、ウィニーはきっと興奮して、この景色を見た感想を口にせずにはいられなかっただろう。

 しかし、彼女は誘拐の真っ最中であったし、馬車の中には一人だけだった。

 ただ、その濃厚な景色を、ふたつの目にくっきりと焼き付ける。

 これが、ウィニーの祖母の故郷であり、彼女と同じ赤毛の人々が多く住む領地──フラなのだと。


 ※

 フラの公爵の屋敷だろう場所に降ろされたウィニーは、そのまま隠されるように屋敷の奥へと連れて行かれる。

 ロアアールから来た男たちは、いつしか消え、最後に彼女の周囲にいるのは、赤毛の女性たちばかりになった。

「あの、私、公爵のおじさまに話が……」

「承知しておりますわ」

 この集団の中で、一番地位が高いと思われる艶やかな女性が、しっとりと微笑む。

 微笑みながら、彼女の軍服をひんむいて、お風呂へと投げ込んだのだ。

 そこから、ウィニーは手痛い洗礼を受ける羽目となる。

 軽石で身体をこすられ、長旅の垢どころか皮膚までひんむかれるかと思った。

 遠慮の少ない強引な女性が多く、気がつけば通気性に優れているだろう、軽い生成りのドレスに着替えさせられた。

 このドレスがまた、普段ロアアールでは絶対着ないようなタイトなものだった。

 両袖がないどころか、両肩もむき出しだ。

 これでは背中の傷も、少し出てしまうだろう。

 それに気づいたのか、彼女らは薄いボレロを上に着せ掛けてくれた。

 そんな不慣れな姿を彩るのは、生きた花だ。

 摘まれてすぐであろう、色鮮やかで生命力に溢れる白い花が、結われた赤毛に飾られる。

「同じ赤毛でも、やっぱり違いますわね」

 出来上がったウィニーの姿を見て、地位の高い女性は柔らかく微笑む。

 それには、同感だった。

 肌の濃さも違えば、身長や体つきも違う。

 褐色の肌と、色香の漂う凹凸の強い身体は、どちらもウィニーには与えられてはいない。

 確かに彼女らであれば、露出の多い衣装がよく似合うだろう。

 ウィニーの余り豊かではない胸元では、ドレスがずり落ちてしまうのではないかと心配になってしまう。

 そんなくだらない心配も、フラの公爵との再会で、あっさりと吹っ飛んだ。

「おじさま!」

「やぁ、私のかわいいはとこ殿。長旅、さぞや疲れたことだろう。よく来てくれた」

 ガラスのない、四角に切り出された窓。

 声の通りも風通しも良さそうなその部屋で、ウィニーはいきなりフラの公爵に詰め寄った。 

「私を、いますぐロアアールに帰して下さい」、と。

 どんな挨拶より最初に、彼女は真剣に彼に訴えたのだ。

 公爵は、微かな怪訝を眉間に浮かべ、首を少し傾けた。

「私たちは、これが最善だと思ったのだが……」

「最善に決まってるだろう?」

 公爵の言葉にかぶせるように、別の男の声が響いた。

 ウィニーの後ろには、スタファが来ていたのだ。

「お前が結婚するのは、あの男だぞ、分かってるのか?」

 彼女の額に向かって伸びた、褐色の長い指がこつんと小突く。

 行動は軽いが、その言葉は重かった。

 王太子だった時代に、ウィニーが受けた仕打ちの数々を知っている彼だからこそ、そう言わずにはいられないのだろう。

 ウィニーだって、彼との結婚はやむを得ず選んだ選択肢だったのは確かだ。

「分かってる! でも、私はロアアールのために頑張るって決めたの」

「分かってないな。お前の未来を不幸にした挙句、ロアアールをかき回されるんだぞ。誰ひとり幸せになれない」

「彼は、少し変わったの。王太子の地位も降りたし、隣国に……」

「少し変わったところで、どうだって言うんだ? 『最悪』が『悪』になったとしても、あいつは決して『善』にはならない。必ず、お前を傷つける」

 ウィニーは、ギディオンが積み重ねてきた悪行の重さを、スタファを通して思い知らされるだけだった。

『心配しないで』なんて言葉で、本当の身内のように心配してくれるフラの兄弟を納得させられるはずなどなかった。

 ウィニーの感覚だけで、ロアアールの未来を賭けようなんて、彼らからすれば危なっかしくてしょうがないのだろう。

「でも……」

「ウィニー、あいつだけは、駄目だ」

 スタファは、懇願さえ混じえた声で強く語りかけてきた。

 でも。

 言いかけた言葉を、ウィニーは飲み込んだ。

 言葉を、どれほど尽くしても、ロアアールの将軍たちを説得することは出来なかった。

 おそらく、彼らもそうだろう。

 どうしたらいいのか。

 ウィニーは、必死に思考を巡らせた。

 そして。

 ひとつだけ、思いついた。

「公爵のおじさま……」

 二人のやりとりを、ずっと黙って聞いていた彼の方へと、ウィニーは向き直った。

「公爵のおじさま……お願いがあるのですが」

 それは──ウィニーにとって大きな賭けだった。

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