瑠哀 ~フランスにて~
 朔也がスッと立ち上がり、また、寝室に戻って行った。


 ピエールは瑠哀の前の椅子に腰を下ろし、まだ怒りの色を映しているそのエメラルドの瞳で、冷ややかに瑠哀を見返した。


「怒っているのね。ごめんなさい」

「謝るなら、あんなことは二度とするんじゃない。

体に残るような傷を作るな。

ルイ、今度こそ、無理矢理でも連れて帰るよ」

「……ごめんなさい、ピエール。

あなたには迷惑をかけてばかりだわ。

そして、サクヤにも。

私の我が侭なのに、ずっと傍にいてくれた。

本当に感謝している。だから、このまま私を置いて、パリに戻って欲しい。

私は、一度手を出したことを途中でやめて、引き下がるような女じゃないの。

自分を傷つける人間は、誰であろうと、許すつもりはないわ。

自分の身を守る為に戦うまで。

私を害する人間を、決して許しはしない。

それに―――、もう遅い。

次が、来る」


「次?」

「冷たいな。髪で体が冷えたのか?」


 不審な顔で聞き返したピエールを割って、朔也が口を挟んだ。

 朔也から受け取った髪留めで、クルクルと髪を上げて行った瑠哀の肩に触れて、朔也は少し眉を寄せる。


 その腕にも触れ、ますますきつく眉を寄せて行く。


「本当に、シャワーを浴びたのか?」


 何も言わず、瑠哀が朔也の指を外し出す。
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