ETERNAL CHILDREN 2 ~静かな夜明け~

 次の日の午前中、書類を作成したタクミがやってきた。
 まだ早朝と言っていいほどの時間だ。
「おはようございます、博士」
「おはよう。早いわね」
「お言いつけの書類を提出しに来ました」
「もうできたの?」
「はい」
 手渡された書類に目を通す。
「これは――」
 シイナは驚いた。
 完璧だった。
 シイナは、識別番号から、現在の部署と変更可能な部署を聞き出し、自分で配置換えをしようと思っていた。
 しかし、タクミはシイナが調べるよう指示した項目をきちんと調べつつ、さらに現在の部署から変更した方がよいクローンまで、全て網羅している。
 これならば、明日からでも試験的に配置換えすることができる。
 急な配置換えでも、仕事に支障がないように十分な配慮がされた内容の書類に、驚きを禁じえない。
 クローンに、これほどの作業ができようとは。
「あなた、これを一人でやったの?」
「いいえ。昨日申しましたように、集計と分類の得意なクローンと作業を分担しました」
 不意に、タクミの表情が曇る。
「あ、あの、お気に召しませんでしたか……? 指示された項目から、配置換えをなさるおつもりだと考えましたので、集計したデータから、配置換えをシミュレートしてみたのですが」
 叱責されると思ったのか、おどおどと問いかけるタクミに、シイナは首を振る。
「いいえ。その逆よ。手間が省けた上に、完璧だわ」
 シイナの言葉に、タクミの頬が上気する。
「あ、ありがとうございます!!」
「早速、明日から試験的に二週間の配置換えをするわ。告知して」
「わかりました。すぐに手配します」
 昨日と同じように大慌てでタクミが出て行く。
 昨日の今日で、こうも完璧な書類を作成するとは、自分はクローンを侮りすぎていたのかも知れない。
 いいや――その判断は性急すぎる。
 書類が完璧に仕上がっていたとはいえ、明日からの配置換えでは、何か問題が起きるかも知れない。
 だが、シイナの心配は杞憂に終わった。
 二週間の配置換えは、問題が起きるどころか、研究区内の仕事の効率を急激に上げた。
 ミスやシイナへの報告も減り、この分では、シロウが言っていた倉庫の紙媒体の書類のデータ化にクローンを割り当てることも可能になった。
 そちらも、作業を分担することで、日常の業務には支障なく進められるよう計画が立てられた。しかも、クローンによって。
 正直、シイナは驚いた。
 作業を得意な者に任せ、分担させるだけで、こうも効率よく物事が進むとは思ってもいなかった。
 配置換えされた部署へ視察に行ってみたが、どの業務にも滞りはなく、寧ろ黙々と作業を進めていたクローン達の表情が生き生きとしているようにも見えた。
 そして、何より、シイナを見つめる表情が違っていた。
 以前は、叱責を恐れてか、まともに視線すら合わず、受け答えも明確ではなく、苛立つことも多かったが、やはり、自分の得意な分野に関することには自信を持って答えられるのか、こちらがする質問にも淀みない。
 シロウのように、真っ直ぐにこちらを見て受け答えるクローン達の目には、恐怖がなかった。それどころか、シロウの言っていた『畏敬』という感情を思い知らされる。
 期待に応えようと言う意志が、どのクローンからも伺えるのがありありと感じられた。

 それは、奇妙な感覚だった。

 何処に行っても、視線をそらさず見つめられ、挨拶をされる。
 以前なら自分とかち合わぬように隠れる者までいたというのに。
 そんなクローン達のあからさまな変化が鬱陶しく、煩わしかった。
 慕って欲しい訳ではない。
 そんなつもりで、優しい振りをしたのではない。
 ただ、恐怖で脅えて仕事の効率が下がるよりはいいと思っただけなのだ。
 確かに効率は上がった。
 だが、それに付随して、明らかにクローン達の自分を見る目が変わった。
 崇めるような目で見られるのは嫌だった。
 そんな感情を向けないで欲しい。
 まるでフジオミのようだと錯覚してしまう。
 畏敬の念など、まるで愛情のようではないか。
 愛してなど欲しくない。
 愛など要らない。

 自分が欲しかったのは――そんなものではないのだ。

「――」
 一人になりたかった。
 まとわりつく視線にはもううんざりだった。





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