ETERNAL CHILDREN 2 ~静かな夜明け~

12 真実との差違



「シイナに、何をしたんですか?」
 部屋に入るなり、フジオミはカタオカを問いつめた。
 居住区の同じフロアだから大丈夫だというシイナを廊下で見送ったのは1時間ほど前のことだ。
 シイナの部屋で待っていたフジオミは、帰って来るなり寝室に入り鍵をかけてしまったシイナに驚いて、ドアの前で根気強く何度も尋ねた。
 だが、シイナは何も答えず、ドアの向こうでは声を殺して泣いている気配さえした。
 シイナに問いただすことを諦めると、真っ直ぐにカタオカのところへ来た。
「フジオミ」
「あなたのところから戻るなり、寝室に閉じこもってしまいました。何をしたんです?」
 寝室に入っていく前に垣間見たシイナの表情は青ざめて、泣き濡れた瞳をしていた。
 カタオカもまた、青ざめて疲れたような顔をして椅子に座り込んでいた。
「私が、あの時、彼女に義務を強いた理由を話したのだ」
 その言葉を理解するのに、数秒もかからなかった。
 唇を噛みしめ、フジオミは沸き上がる怒りを抑えようとした。
「なぜそんなことを今更シイナに話したんですか――?」
 すでに終わってしまったことを、こんな風に蒸し返されるとは思ってもいなかった。
「すまない」
 だが、短い謝罪でしか、カタオカは答えない。
 ここでのシイナとの会話を話す気がないのだ。
 それにもまた、苛立ちを感じた。
「彼女への権限は僕にあるんです。あなたじゃない」
「フジオミ――」
「シイナをこれ以上傷つけるのは許さない。せっかく体調もよくなっていたのに、あなたが余計なことを言ったから、また――」
 せっかく近づいた距離が、また遠ざかるのをフジオミは恐れていた。
 どんなに時間がかかっても、その過程さえも喜びだったのに。
 頑なな蕾がほころぶように、少しずつ垣間見えるシイナの変化を、フジオミは大切に見ていたかった。
 過去などもうどうでもいい。
 ただ、今が大事だった。
「彼女に、もう余計なことを言わないでください。ただでさえ、マナを失って弱っていたのに、こんな追い打ちをかけるなんてあなたらしくない。シイナのことは、僕に任せてもらいます」
 強い口調で言い切って、フジオミはカタオカに背を向けた。
「フジオミ、待ちなさい」
「何故引き留めるんです? 今更シイナに話した理由を、僕にまで話す気はないんでしょう?」
 振り返ったフジオミに、カタオカは意を決したように告げる。
「フジオミ、シイナをこれ以上追いつめてはいけない」
「追いつめる? 僕が?」
 納得できないフジオミに、カタオカは静かに続ける。
「シイナには、君を愛せない。愛せないことを、いずれ彼女は苦痛に思うだろう。
 愛したくないのではなく、愛せないのだ。
 そしてそれは、君のせいでもなく、ましてやシイナのせいでもない。決して持てない感情を、彼女にこれからも求め続けていくなら、いずれ君も不幸になる」

「そんなこと、信じない」

 フジオミは笑った。
「あなたにはわからないでしょう。僕は今、幸せなんです。これまで生きてきた中で、今が、一番。僕は不幸にはならない。シイナさえいてくれれば」
 それ以上語らず、フジオミはシイナの部屋へ戻った。
 寝室のドアは、閉ざされたままだった。
 ざわめく心を落ち着かせようと大きく息をつく。
 声をかけたかった。
 だが、今のシイナには何を言っても無駄だろう。
 時間が必要だ。
 待てばいい。
 いくらでも待てる。
 今なら。



 鍵をかけたドアの向こうから、何度もフジオミの声が聞こえる。
 だが、シイナは声を殺して泣くだけで、答えることが出来なかった。
 やがて、沈黙が訪れ、部屋の扉が開いた音がした。
 きっと、フジオミはカタオカのところへ行ったのだ。
 何があったのかを聞きに。
 フジオミと話をしなければならないのに、そうする勇気がなかった。
 信じられなかった。
 自分が知らない間に、そんな提案がされていたなんて。
 案件が承認されていたら、生殖能力のない自分が、意味のない生殖行為を何人もの男達としなければならなかったのか。
「――」
 そのおぞましさに、今更ながら背筋が震えた。
 フジオミが己の権限を主張しなければ、そうなっていたのだ。

 フジオミ一人だろうが、他のたくさんの男達だろうが同じこと。

 カタオカには、そう言ったが、本当に、同じだったのか。
 フジオミ一人でも、あれほどに傷ついた自分が、たった一度襲われかけただけでこんなにも弱り切った自分が、他の何人もの男達を相手にできたのだろうか。
 否――できるはずがない。
 遅かれ早かれ、自分は耐えきれなくなっただろう。
 発狂していたとしても、おかしくない。
 フジオミは、それを、防いでくれたのだ。
 自らが悪者になることで。

 今思い返せば、心当たりもあった。

 ユカが妊娠してから、何かと自分と接してくるようになった大人達。
 あからさまにではないが、頭や肩、背中など身体に触れてくることも多かった。
 そして、いつも近くにはフジオミかカタオカがいたような気がする。
 決してシイナが一人で大人達と接しないように。

 守ってくれていた。

 自分の望んだものとは違うやり方だったけれど、それでも、その時最善を尽くしてくれていたのだ。
 自分には、わからなかっただけで。
「――そんな……」
 行き着く思考に、シイナは驚愕する。

 自分を支えていた怒りに、意味がなかったなんて。
 見当違いの怒りを、今まで抱えてきただなんて。
 この十数年は、一体何だったのだ。

 結局、自分は一人でからまわってもとの場所に戻ってきただけなのか。

「――」

 身体の震えが止まらない。
 恐怖や焦燥、苦痛や後悔、様々な感情が甦ってくるのを止められない。

 自分の中の、何かが崩れていく。

 崩れ落ちた後に、何が残るのか。




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