銀の精霊・森の狂王・時々、邪神
「しずく?」

 狂王が静かに口を開いた。

「余は、その名を聞いた。ならばお前が、異世界から来たという女か?」

 ……最っ悪にヤバイ! バレた!

 よりによって、あえて考えないようにしてた『最悪の状況』ってパターンに嵌ってしまって、頭からサアッと血の気が引く音が聞こえる。

 これって絶対、あの時右足から出たせいよ! イフリート、あんた覚えてなさいよー!

『考えるよりも先に逃げろ』

 ジンに何度も言い含められていたフレーズがとっさに頭に浮かんで、あたしは身を翻して走り出したけれど……。

―― グイッ!

 数歩も走らないうちに手首を掴まれた。

 皮膚を通じて伝わってくる生々しい狂王の体温に、震えるほどの恐怖を感じる。

 ひい!? 嫌あ、食われる! 生き血吸われる!!

 放してえぇ――! 助けてジン―――!

 思い切り叫んだつもりでも、声がまったく出なかった。

 虚しく肺から息を吐き出し、懸命に腕を引っ張って狂王から逃げようとしたとき……

―― ザアァァッ!

 激しい音と振動が体に響いて、ドレスの胸元から複数の蔓が勢い良く飛び出した。

「うわ!? ノ、ノーム!?」

 鋭く尖った太いトゲ蔓が一直線に、寸分の狂いもなく王の胸元を狙う。

 でもその胸を貫こうとする寸前、狂王の身がしなやかに動いて、全ての蔓が瞬く間に切り落とされてしまった。
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