銀の精霊・森の狂王・時々、邪神
 彼と初めて出会った場所は、あたしが新入社員として配属された職場だった。

 右も左も分からない、社会人一日目の朝。

 無機質なスチールデスクの端っこで、緊張しながら椅子に腰かけているあたしの隣で、目の前の電話が鳴り響く音にビビッている男性新入社員。
 それが彼だった。

 初めて交わした会話の内容はもう覚えてないけど、やたら堅苦しい「ですます」調だったのだけは記憶してる。

 あたし達は同期としてお互い励まし合い、努力し合い、時には喧嘩し合って成長していった。

 そして運命のように自然に惹かれ合い、恋人同士に。

 丁寧に愛を育む歳月が順調に過ぎ、とても自然な流れで彼からプロポーズされて、ふたりの未来はバラ色に輝いていた。

 披露宴の招待状も発送して、友達や職場の皆に祝福されて、目の回る忙しさにストレス性のニキビまで出来ちゃったけど、それすらもあたしにとっては幸福な勲章に思えた。

 でも……不穏の影はあった。

 新入社員のあの子の指導係に、彼が任命された時。

 あっという間に意気投合していく二人の姿を見るにつけ、簡単には否定できない疑心が心の中に湧き起っていた。

 でもあたしは、そんな自分を恥じたの。

 彼は自分の職務をこなそうとしているだけだ。そのための良好な関係作りに努力しているだけなんだ。

 それを疑うなんて狭量すぎる。そう自分に言い聞かせて納得していたのに。

『許してくれ雫(しずく)。もう俺は自分の心に嘘をつけない。彼女を本気で愛してしまったんだ』

 こんな言葉で、あたしの幸福は脆くも崩れ去った。

 何度も何度も話し合った。
 どうか考え直してくれと、泣いて縋り付いた。

『招待状も配っているのに、あたし達の会社内での立場はどうなるの!? 婚約不履行で訴えるわよ!?』

 恥も外聞もなく脅しさえしたけれど、そこまでしても、彼の決意は変わらない。

『たとえ会社内での立場が悪くなっても、たとえその結果会社を辞める事になっても、たとえ親兄弟、友人知人達から責め立てられようとも、俺の彼女への愛は変わらない』

 面と向かってキッパリ断言されて、あたしは狂ったように泣き叫んだ。
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