かぐや皇子は地球で十五歳。
「わっ!噂のお母さん!」
「噂のって何!お父さんに何告げ口したの!」
「自分の胸に聞いてよ!」

 溜め息混じりに立ち上がると、母は写真の前で小さく手を合わせ仏壇下に備え付けられた引き戸を開けた。

「ゆかり、これを。」
 珍しく真面目な顔で向かい合った母の手の中には、ラッピングされたブラウンの四角い箱が乗っている。
 恐る恐る箱を受け取りリボンをほどく。箱を開け現れたのは緑がかった黄色い石が埋め込まれた木製のペンダント。

(綺麗…。)

 手に取った途端じんわりと温まるように皮膚に馴染み、掲げれば陽の光を集め虹色に輝く。歪なのに奥がどこまでも深く、気力が吸い込まれそうな石だ。不思議なことに丸い木枠の中に石が溶け込んでいるようにみえる。木枠の側面にはアンティークな彫り物が施されていて可愛らしい。

「ネックレスの部分は水牛の革で出来てるの。丈夫だから、そのままシャワー浴びても大丈夫よ。」
「凄く素敵…!でもこれ、どうしたの?」
「お父さんが準備していたのよ。本当は、ゆかりの15の誕生日にプレゼントする予定だったんだけど……お守りだから、早いほうがいいと思って。琥珀っていう天然石でね、こうして樹脂のままの形で発掘されるのはとても珍しいんですって。ヨーロッパでは幸せを呼ぶ石って言われているのよ。」
「へぇ…。お守り。」

 箱を閉じようとする私の手を止め、有無も言わさずペンダントを私の首へとかける。

「お守り、だから。離身離さず。いつか必ず、あなたを守ってくれるから。」
「お母さん……?」
「お父さんの、遺言。ね。」

 いつもふざけっぱなしの母の様子がおかしい。いつだって笑い顔が「悲しそう」に歪んでいる。

「お母さん、何か知っているの?」

 事故直後だというのに、快く柏木家へ娘を送り出した母をずっと訝しく感じていたのだ。まるでこの日がやってくることを知っていたかのように自然に。いや、不自然に。母は私が忌み子で、今はまだ守られる立場だということを総て知っているのではないか。
 現に「誕生日に準備していた」プレゼントを早々に渡してきた。つまりこの石は御守に違いないのだ。
 少し間を空け私の手を握る。

「ゆかり、あなたは………」

─────────コン、コン。

 引き戸越しに遠慮がちな雅宗さんの声がする。

「お話中すみません、カフェが混んできたようで……そろそろ戻ります。ゆかりちゃんはどうする、もう少しゆっくりしていく?」
「あ……私」
「ダメダメ柏木さん、この娘甘やかさないで!あんたも手伝ってきなさい!」
「えぇえ~!?」

 早くしなさい、と急かされ廊下へ追い出される。玄関に直進するところを途中で踏み止まり、リビングに置いてある携帯電話をかっさらった。

「お母さん、それじゃまたね!」
「はいはい、いってらっしゃい。」

 車のトランクへ荷物を押し込み、手を振る。後部座席へ乗り込み、もう一度手を振ると母は既に玄関の扉を閉め消えていた。

(なんだろ……嫌な予感が、する。)

 機会はこれが最期だと言わんばかりに渡された琥珀の石。胸元で揺れるペンダントを握りしめ、ぼんやりと古ぼけた我が家を見上げる。二つのプレゼントをもらった喜びよりも、二度と家に戻れないのではないかという不安が、胸を満たしていた。

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