世界を濡らす、やまない雨
私は一日中、有里のことが気になって仕方がなかった。
でも、彼女に近づくことも話しかけることもできなかった。
デスクに座って背筋を伸ばしている彼女の雰囲気が、そうさせなかった。
業務終了時間になると、有里はパソコンの電源を切ってすっくと立ち上がった。
手際よく自分の荷物を鞄にまとめ、誰の顔も見ずにフロアの出口へと真っ直ぐに進んで行く。
ドアから出る直前に、有里はフロア内を振り返って小さく頭を下げた。
「お疲れさまです」
よく透る有里の声。
今日初めて有里が発した声。
その声に、社内にいる誰も応えない。
胸が締め付けられる思いがして有里を見ると、彼女と目が合った。
その時間は数秒だったけれど、私には数分に感じられた。
私を見つめた有里の眼差しはとても鋭くて、真っ直ぐにこちらを突き刺してくる矢のようだ。
それなのに、その瞳は今にも壊れそうなガラス細工でできているように思えた。