明日なき狼達

二匹目の狼

「野島さん、署長がお呼びです」

 自分のデスクでする事無しに煙草を吸っていた野島謙太郎は、いよいよ来たかという思いで席を立った。

 身辺整理は既に出来ている。

 他の者のデスクは、パソコンやら捜査資料やらで山になっているが、自分の所は数日前から殺風景なものになっている。

 刑事部屋を出て階段を昇り、三階の署長室へ向かった。

 三月三十一日付け定年退職。

 二十七年間勤め上げた刑事という仕事を、今から受け取る紙切れ一枚でさよなら。

 本庁のキャリアとして、一時は順調に出世街道を歩んで来たのだが、終わってみれば田舎警察の一警部で退職だ。

 何処でどう道が変わってしまったのだろうか。

 署長室をノックすると、

「どうぞ」

 という声が聞こえた。

 野島はこいつの声が大嫌いだった。理由は無い。生理的に我慢出来ないというだけだ。

「強行班、野島警部入ります」

 後、数分こいつの声を我慢して聞いてれば、二度と会う事は無くなる。

 開けた扉の奥に、にやけた狐顔が居た。



「のっさんも、今日で退職かあ」

「こ煩いオッサンがいなくなって、多少は遣り易くなるってか」

「俺、最近知ったんだけどさ、野島キャップって、元は本庁のバリバリのキャリアだったんだって?」

「今頃知るなんて、随分と遅れてんぜ」

「そうは言うけど、誰もそんな話しした事無いじゃないっすか」

「アホ、バリバリのキャリアがあの年でこんなちんけな場所に飛ばされてんだぜ。いろいろ事情があったんだよ。俺達だって気い遣って大変だったんだから」

「先輩がすか?」

「この野郎、ひっぱたくぞ!」

 話題の主は今頃署長室で辞令を受け取っている。

 口さがない元同僚達の恰好の餌食にされてるとは知らないで……。

 いや、野島は判っていた。

 自分がこの署では異分子であるという事を。

 本庁勤務からスタートし、都内の重要署を幾つか回り、再び警察庁に戻った。末は警視総監や長官も夢では無いコースに身を置いていた。

 あの事件迄は……

 そして、以来彼のレールは外されたのである。

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