明日なき狼達
 すっかり化粧が落ち、やつれ果てた加代子の変わり様を見ていて、神谷は物哀しい心持ちになった。

 ふと気付くと、加代子の手が止まっている。

 彼女の視線は、別の方を見ていた。

 しまった……

 カウンターの上に読みかけの新聞があった。手を伸ばし、新聞を片付けようとすると、

「気い使わなくていいよ……」

「……」

「だからって黙るなョ。何か喋れ」

「何を喋ればいい?」

「ほんと、あんたは昔っから女の扱いが下手だよね…こんな時は、慰めの言葉の一つも言うもんだよ」

「言って欲しいのかい……」

「まあ、あんたに言われるのも考えもんだね」

「だろうと思った」

「美味かったよ。お世辞抜きで」

「よかった」

「でさあ、新聞読んじまったんなら判ってんだろうけど、暫くあたしをここに置いてくんない?」

「そうして上げたいのは山々なんだが……」

「そうだろうとも、落ちぶれたババアは置けないよな」

「姐御、違うんだ。この店、手放すんだ……」

「……」

「夜になったら出て行かないといけないんだ……」

「あらあら、情け無いねえ、この程度の店もやってけ無かったてえのかい。笑っちゃうねぇ。あたしら、揃いも揃ってホームレスて事かい……」

「そういう事になる」

「妙なとこ落ち着き過ぎてんのが、あんたのいいとこなんだか悪いとこなんだか……」

 苦笑いを浮かべながら、神谷は加代子との出会いを想い起こしていた。

 大学時代、なけなしの金を持って初めて女を買いに行った。

 渋谷の円山町の芸者に、枕をする芸者が居る……

 普通の女遊びより数段値が張るが、その芸者は金の無い者からは余り取らないという話しを先輩から聞かされた。

 千代菊……

 加代子の芸者時代の名前である。

 金の亡者とまで言われていた加代子だったが、どういう訳か、金の無い人間からは、余り取らなかった。

「出世払いでいいよ」

 時には小遣い迄くれる事があった。

「精一杯勉強してさ、偉い人になって、世の中から貧乏人を無くしてよね」

 会うと何時もこう言われた。

 偉い人か……

 神谷は心の中で昔の言葉を思い出していた。
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